風呂を先に出た英は、台所に置いたままになっていた弁当を温めていた。
レンジからチンと音がして加温が終了する。蓋を開けてみると、色、匂いともに幸いにも傷んでいる様子はなかった。
せっかく作ってくれた弁当を無駄にせずに済んだことにほっとしながら、水筒からお茶を注いで弁当を食べ始める。
常温でも当然美味いが、レンジで温め直して食べるとより一層美味く感じる。
これからは学園で食べる時もレンジで温めてみようかなどと思いながら弁当を食べていると、台所の戸が開いて鏡花が姿を現した。
彼女用に設けてある部屋でいつの間にか着替えてきたのだろう。あやめの着物を着た彼女は英の姿を見て、何かいいづらそうにしているように見えた。
「大丈夫、鏡花の分の弁当には手を着けてないから」
「お腹は大丈夫です。英君のおかげで精に溢れていますから。そうではなくて、私個人といたしましてはお料理を新しくお作りしたかったな……と」
「いや、温めればまさに出来立ての味って感じだからよくない?」
「温め直しても作りたての味にはならないのですよ。以前おばさまがおっしゃっておりましたので覚えておいてください」
鏡花はそう言うと、ですが、と続ける。
「そのようなことをすれば英君が空腹を持て余してしまうことは分かっていました。私の勝手な思いで英君を飢えさせたとなればおばさまにも顔向けできません」
「そんなにおおげさな問題じゃないけどな」
「お食事は大事ですよ。
それで、ですね英君。一つお願いしたいことがあるのですが」
「ん?」
なんだろうと英が思っていると、鏡花は距離を詰めて来ながら、
「私は、お風呂で英君の試験に合格しましたよね?」
「う、うん」
お風呂で英が鏡花にしたことは、改めて考えると凄まじい。
(鏡花、お尻大丈夫かな?)
魔物娘ならよほど大丈夫だとは思うが、もし痔になっていたらその時は謝るしかない。
鏡花は「でしたら」と言って英の横の席に腰を下ろした。
「ご褒美を希望します!」
そう言って彼女は手を差し出した。
「お箸を」
「あ、うん」
箸を受け取った鏡花は弁当箱を自分の方に引き寄せると、英を伺った。
「何をお食べになりますか?」
「あー……卵焼き」
「承りました」
鏡花は嬉しそうに応えると、卵焼きを英の口もとに持ってきた。
「はい、英君。あーん」
「あ、あーん」
言われるがままに口を開けると口の中に卵焼きが差し入れられた。同じ食べ物のはずなのにこうやって食べさせてもらうと美味しくなる気がする。
するのだが、
「英君?」
「いや、ちょっと……」
口もとを押さえて顔を俯ける。
あんなことやそんなことまでしておいてなんだが、こういう触れ合いはものすごく照れる。
やはり自分で食べようと思って手を伸ばそうとすると、鏡花は箸と弁当を死守する構えを見せた。
「英君、あーん」
「これ、俺へのご褒美になってないか?」
同時に罰ゲームのようなものになっている。
とはいえ、鏡花の尻尾が振られているのを見ると「ご褒美はこれ以外で」とは言えない。
英は雛鳥の気分で弁当が空になるまでご飯を食べ続けた。
口を開けると適量の食べ物が、最初の一口でなにかパターンでも把握したのか特に指示をしていないのに食べたいと思った順番で運ばれてくる。
こちらは流石に自分で確保した湯呑みで茶をすすってほっと一息つくと、弁当箱を洗った鏡花が隣に戻った。
「ごちそうさま。美味かったよ」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
ほくほく顔の鏡花。こんなことで喜んでくれたのならありがたいことだと注ぎ直されたお茶を一口飲んだ英はさて、と切り出した。
「いろいろと話さなければいけないことがあるけど、まずはアレだ。いきなり告白をして驚かせてごめん」
鏡花は恥ずかしそうに自分の湯呑みに目を落とした。
「い、いえ。いきなりとはいっても一日かけて英君が場を整えてくださっていたのです。その間に察することができなかった私が悪いのです」
「いや、白状すると、俺は鏡花が他の奴に告白されてたってことを知ってたんだ。そんなタイミングでちょうど進路希望調査なんてのもあったから焦ってさ。で、鏡花に告白をしたんだ。急になったのはそれが原因」
「屋上でもお聞きしましたけれど、英君は、あのお話をご存知だったのですか?」
「あー、人づてに聞いたんだ」
生徒会長経由で聞いたというのは会長の立場もあるし、伏せておいた方がいいだろう。
「もし焦らされるようなことがなかったら鏡花に告白するのはもっと後、何かの区切りの日になってたかな」
「そうなのですか?」
「うん、この何日か鏡花が悩んでるように見えて、告白の件で返事に悩んでるのかなって思ってさ。なら悩んでる間
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