はじめて


 勢いのまま学園を飛び出してきた鏡花は、気が付いた時には家に着いていた。
 息が上がっている。我を忘れたままに随分と無茶な移動をしたようだ。

 (ああ、なんという失態……どうしましょう)

 今さら学園に戻ろうとした所で午後一の授業は遅刻確定だ。遅刻の理由をうまくでっち上げる自信は今の彼女にはなかった。
 そうでなくとも泣き跡がひどくて表に出られる顔ではない。
 結局、学園に戻ることは諦めて家に入った。
 両親が向こうの世界に旅立つまでにはもう数日あるはずだ。もしかしたら居るかもしれないと警戒していたが、幸いにも両親は不在だった。
 ほっとする。

 今、母に会えば顔を見られるまでもなく一瞬で後悔や羞恥や歓喜でぐちゃぐちゃな鏡花の胸の内は見抜かれるだろうし、そんな鏡花の様子から告白の経緯の大部分を悟られかねない。
 告白せずして夢にまで見た言葉を賜り、しかし同時に自分自身でそれを台無しにしてしまったという結果を。

 あの屋上での顛末は悔やんでも悔やみきれない。

(朝、飲み物を落とさなければ……いえ、それでもどうしようもなかったのかもしれません……)

 昨夜から緊張していて、膀胱の状態まで気にかけていられなかったというのもあるが、あの時、そこまで逼迫した尿意は感じていないはずだったのだ。

(だとしたら理由は……)

 鏡花は何度目かの後悔を思いながら鼻をすすり、シャワーを浴びに行った。

 熱いシャワーで改めて身を清めてメイド服も新しいものに着替える。
 学園から着てきたものは、結界を破る余波で多少できたほつれを直した後に洗濯することにする。
 針仕事をしながら、両親が帰ってくるまでに普段通りを取り繕っておかなければと何度も自分に言い聞かせ、これから英にどう顔を合わせればいいのだろうと途方に暮れた。

 あんな醜態を晒し、その後始末も英にしてもらって、その上彼の言葉に対する返答もしないままに無言で逃走してしまった。
 そのようなことを知ったら昨夜は鏡花のことをキキーモラらしい、魔物らしいと評価してくれたアンナもその評価を撤回せざるを得ないだろう。

 鏡花にはもったいない言葉をかけてくれた英だって屋上での粗相を経て、自分が見込み違いをしていたと気付かされたことだろうと思うと、また目に涙が滲んだ。

(彼だって突然おもらしする従者など必要としないでしょう……)

 干した洗濯物を眺めてぼんやりと思う。
 いつの間にか、西日が差していた。
 隣の家の玄関が開く音が聞こえる。

(英君、帰って来てくれましたね……)

 時間的には授業が終わって少しして帰ってきたというところだろう。部活には出なかったようだ。
 師範の言いつけを守ってくれていてほっとする。
 同時に、今日のことがしこりとなって彼の不調が長引くのではないかと不安になった。鏡花のせいで彼の復帰が遅くなるのは心苦しい。

(気にしてもらわないようにしなくては)

 鏡花は目元を拭うと、顔を洗いに洗面台に向かった。
 いつものように振る舞い、屋上の件を自分は気にしていないのだと示そう。
 自分が彼のしこりにならないようにしようと決めると、鏡花は相島家へ赴いた。
 チャイムを鳴らして扉を開ける。

「あの、英君? 私ですけど……」

 挨拶をしてみるが、返事がない。そのことにショックを受けながら、「失礼します」と鏡花は家に上がった。
 英が整えてくれた舞台も、彼の決意もぶち壊してしまったのだから当然の対応だろう。謝ってそのことを許してもらえるのならそれだけで幸運なのだ。

(もし話すことを許してもらえるのなら、その時にはあのお言葉のお返事を……)

 彼の心がまだ変わっていなければ。
 そう思うが、英の心境を思えばそれは叶わぬ望みだろう。

 いつもの癖で台所まで歩いて行くと、そこには手付かずの弁当が置いてあった。
 鏡花が屋上から逃げ出した時点で昼休みも終わりかけていたはずだ。
 食べる機会を奪ってしまったのだろう。
 鏡花がしてしまった粗相の罪は重い。

(英君は……お部屋ですね)

 二階に気配を感じる。
 そちらに挨拶に向かおうとした鏡花の足は階段前で止まってしまった。

 どうしたものか、足が動かない
 いつの間にか呼吸が浅く早くなっていたので何度も深呼吸を行った。こうなる理由は分かっている。

 今度こそ彼から拒絶されるかもしれないと思うと足が震えてしまうのだ。

(な、何とお声をかければよいのでしょう……)

 いつもは自然にできていることができる気がせず、焦りから鼓動が早くなる。
 立ち尽くしたまま階段を見上げていると、鏡花を呼ぶ英の声が聞こえた。
 聞こえた声は少し掠れているようで、

(風邪を召されていらっしゃるのでしょうか?)

 心配に思いなが
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