鏡花はアンナが作った夕食の後片付けをしながら、明日はどのように英を家路に誘おうか、どのように告白をしようかと考えていた。
というよりも、それ以外のことを考えることができなくなっていた。
他のことを考えようとしても思考が勝手に引きずられてしまうのだ。
そわそわするのを止められない自分に恥を感じながら、鏡花はなんとか平静を装おうと努力していた。
相島家に居た時からずっとそうだ。
真などはあまり気にしていなかったようだが、芹には弱った自分を晒してしまったこともあり、いつもと様子が違うことをずっと気にされていた。
働きに行かせてもらっている家でなんという様だろう。
とはいえ、情緒不安定な鏡花にとって芹というよく知る大人は相手が悪かった。
(おばさまにはずっとお世話になっておりますし)
自分がこの世に生まれ落ちて最も未熟だった頃を知っている相手だ。本当に幼い頃には彼女に子守をしてもらってもいた。本当の母のように思っている部分もあって、心理的に脆い部分がつい出てしまう。
ひとまず相島家ではなんでもないで通してきたが、騙し通せてはいないだろう。
それでも彼女からは深刻な気配は伝わっこなかった。
根掘り葉掘り聞いてこようとしているわけでもなく、
(まるで、見守るような……)
キキーモラとしての感覚はそのような印象を受けた。
芹の中でなんらかの解釈が成立したのだろう。直近で自分と絡めやすい悩みの種といえば進路希望調査票がある。進路で悩んでいると思われたのかもしれない。
ある意味で進路で悩んではいるのだから当たらずとも遠からずだ。
(英君と一緒に進むことができるかどうかの瀬戸際ですもの)
思わず股をこすり合わせるが、もうそこは濡れてはいない。
明日の告白の決着がつくまでは色にうつつを抜かしていられる状態ではない。
(あの時はやっぱり英君の匂いに浸りすぎていたのでしょうね)
いつもよりも匂いが薄いからと油断しすぎていたということだろう。要反省だ。
母の話によると、家に招いた英は少し眠たそうにこそしていたものの、よく食べよく飲む、もてなしがいがあるお客様だったようだ。
途中で帰ってきた父も加わって三人で楽しいお茶会をしたそうで、話し込んで興奮した気持ちを静めるために英は散歩に出かけたとのことだった。
彼に会うことができなかったのは寂しいが、正直今の状態で彼に会うのはまずいかもしれないと思っていたので内心では少しほっとしていた。
だが、寝不足の人を興奮させるものではないとは苦言を呈しておいた。ここ数日どこか様子がおかしかった英を楽しませることができたという両親に嫉妬していた部分も、少しはある。
八つ当たりなのは自覚している。
よくありませんね。と自分を諌めながら、鏡花は皿洗いを終えた手を拭いた。
「ありがとうございます、鏡花」
声に振り向くと、航と一緒に風呂に入りに行くのだろうと考えていたアンナがいつの間にかテーブルについている。
少し意外に思いながら鏡花はいえ、と応じた。
八つ当たりの罪滅ぼしのつもりで夫婦の時間を確保しようとしたのだが、狙いとは違う過ごし方をしているようだ。
(ああ……もう)
手を握り合わせる。
こうして離れていても平気でいられる両親に、鏡花は妬ましいものを感じていた。
英に会いたくて、しかし会ったらきっと普通ではいられないだろう今の鏡花には、両親の在り方が眩しく感じられたのだ。
(良くないですね)
僻みっぽくなってしまっている。今日は早めに自室に退散させてもらおうと鏡花が部屋を出ようとすると、アンナが呼び止めた。
「お待ちなさいな」
「?」
なんだろうと母の方を見ると、彼女は酒瓶を掲げていた。
ウォッカの瓶だ。
母がこちらの世界にやってきた時に初めて飲んだこちらの世界のお酒だ。同時に父との思い出のお酒でもあるようで、二人で飲んでいる姿をよく見かける。
今母が掲げている銘柄は見覚えがない。手書きでラベルが書かれていることから、恐らく礼慈の母がやっているバーで作ったオリジナルフレーバーだと思われた。
「飲みましょう」
「いえ、遠慮しておきます」
晩酌に誘われたことは何度かある。付き合ったことも数度あるが、両親が飲む様を見る限り、お酒が真においしいのは好きな人と飲む時だ。そのため、英が飲めるようになるまでは進んで飲むことは無かったし、両親も誘ってもあまり良い返事をしてくれない娘を誘うことがなくなっていたのだが、
「うう、娘が冷たくてお母さんは悲しいです」
悲しげな声で珍しく粘られる。
こうまで言われてはそのまま無慈悲に去ることもしづらい。なし崩し的に対面の席に着くと、アンナは先ほどの悲しそうな言葉は忘れたと
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