二者面談


 鏡花は英と分かれて相島家に帰った後、いつものように道着の洗濯をしていた。
 日常的にしていることを淡々とこなすのには一種の精神安定効果がある。英が部活に無理をおしてでも出たのには一昨日あたりから顕著になっている不調を持ち直すためだったのかもしれない。

 不調といえば、鏡花にもその自覚があった。

 道着の匂いを深く吸い込んで不安に揺れる心を落ち着かせる。

 道着から顔を上げることができたのは、部活を早引きしたために普段よりは英の匂いが染み込んでいなかったためだ。そうでなければ今日の鏡花はいつまでも沈み込んでいたい安楽の香りに逃避していただろう。

 物足りないような、ほっとするような道着の洗濯を終えて、朝干した洗濯物を取り込む。
 アイロンをかけながら、鏡花は自らの状態に思いを馳せた。

 情緒が近年ないほどに不安定だ。昨日などはつい道着の洗濯の際に自分が与っている役得について口を滑らせてしまいそうになってしまった。

 あれはどのような理由を付けたとしても褒められるようなことではない。
 健康チェックという建前があるにしても、あまり見栄えがいいものではない。もし知られるようなことがあれば、今後洗濯をさせてもらえなくなる可能性もある。
 もしそうなった場合、重要な栄養素である英分が不足して自制を保てなくなる恐れがあった。

 本能よりも理性をもって主に尽くすべきキキーモラに、そのような獣性は許されない。

(あのようなことをしておいた身で今更理性を語るなどおこがましいですが)

 自嘲しつつ、鏡花は匂いの記憶を反芻する。

(先程の匂いですと、英君の体調は睡眠不足以外に問題があるようには感じられませんでした)

 強いていえば、精の香りが普段よりも濃かっただろうか。
 溜めすぎるのもよくない。自己処理はできているのだろうかと不安になる。

(もしよければ私がお相手をつとめさせていただきますのに)

 鏡花は手を止めた。深呼吸をして「いけません」と自分に言い聞かせる。
 英のためといいながら、彼の意思無しで勝手なことを考えている。そのようなことは慎まねばならない。そう常々自分に言い聞かせているつもりだが、一向に身につかなかった。

(子供のころから成長していませんね)

 ため息がこぼれる。
 昔、英に子分にしてもらったことがあった。その時はあまりにも嬉しくて彼に自分の全霊で尽くそうとしたものだった。英もいろいろと鏡花に命じてくれたし頼ってくれていて、いつの間にか鏡花はそんな彼に甘えてしまっていた。

 その結果、鏡花は英の全てを世話し、自身の仕りがなければ生きていけないほどに英のことを囲い込んでしまおうなどと、まるで自分が英の人生の主導権を握っているかのような不遜なことを考えるようになってしまっていたのだ。
 そんな鏡花の考えを見抜いたかのように英が鏡花を拒絶して、鏡花はようやく出過ぎた真似をした自分を自覚することができた。

 その後、その件で誤解されてクラスで責められていた英をなんとか守ることができたあの日から、英は鏡花が囲っていた仕りの檻からひとり立ちしていった。
 そして彼が剣道を始めることになったあの日。自分の家で突きつけられた、世話をしなくてもいいという言葉と子分はもういいという言葉。

 あの日以来、家事の範囲を取り決めて相島家の敷居をまたぐことを許されてはいるが、彼の部屋に入ることはまだ許されておらず、常に一緒に居たはずの英は鏡花から離れてしまった。

 そうやって鏡花から離れることによって更に魅力的になった幼馴染を見るにつけ、彼のそばに在れる自分であろうと日々努力を重ねながらも、英の可能性を摘んでしまっていたかもしれない上に欠陥のある自分などに居場所はあるのだろうかと悩むようになった。

 何より、自分が何を思って仕えていたのかを、英の反応が怖くてあの場で言い出せなかったことが、突きつけられた言葉と共にずっと心に傷として刻まれていた。

(後ろめたいことを隠しているから、より悪い方へと流れていってしまうのですね)

 ならば、鏡花が抱えるキキーモラとしての欠陥も、それでも仕えたいということも、抑えがきかなくなりそうなこの好意と情欲も、過去に自分がどういう魂胆で仕えていたのかも、全てを告白したら英はどう思うのだろう。

(全てを告白したら……)

 告白という言葉に、昨日告白してくれた男の子のことを思い出す。
 ボランティア部で一緒に活動している小等部の男の子だ。いつも人一倍真剣に働いてくれる子で、その働きっぷりたるや彼の同学年のキキーモラたちが触発されて発奮しているほどだった。さりげない所作に育ちの良さが見えており、そんなところも彼女らの興味を惹いているようだった。

 そんな彼が、昨日高等部の校舎に
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