妙な雰囲気を改められないままに言葉も尽きてしまった帰り道。二人はそれぞれに思考の海に沈んでしまっていた。
一緒に居ながらにして別々に歩いているような空気を引きずったまま家の近くまで来ると、そんな二人に声をかける者があった。
「お二人共今日はお早いお帰りですね」
二人が振り返ると、買い物袋を提げたアンナが居た。
「英君も鏡花も、今日は部活はなかったのですか?」
アンナの疑問に二人は咄嗟に言葉に詰まった。
「え、と……あ、はい」
「え、えぇ……」
曖昧な笑みを浮かべる二人を見て何か思う所があったのか、アンナは英に手を差し出した。
「でしたら、もしこの後お暇ならでけっこうなのですが、私のお茶に付き合っていただいてもよろしいですか?」
一瞬間を空け、英は頷いた。
「あー、大丈夫ですよ」
「お母さんっ」
咎めるような口調の鏡花に、アンナは首を傾げ、
「鏡花も一緒に来ますか?」
その問いに鏡花は思案の間を置いてから首を振った。
「いえ、私はお仕事がありますので」
娘のそっけないともいえる反応に、しかしアンナは嬉しそうに尻尾を振る。
「では英君には私のお話相手になってもらいますね」
よろしいですか? というアンナに英が頷いていると、視線を感じた。
見ると、鏡花がなんとも心配そうに英を見ている。
「大丈夫。もし眠くなったら帰るから」
「ええ、私も寝不足の子に無理はさせません」
気付かれていたらしい。流石の鋭さに舌を巻きながら、英はアンナと共に大取家の門をくぐった。
●
「英君、寝不足はいただけませんね。お勉強を頑張りすぎましたか?」
「いえ、そんな偉いもんじゃないです」
英はキッチンのテーブルについてお手製の和菓子と漬物が並べられるのを背筋を伸ばして粛々と眺めていた。
「いまさらそんなにかしこまらないでください。糠床がよく育ってくれて、ほら、このお漬物など、なかなか会心の作なのですよ」
そうリラックスを促されても、英としては高等部に進学してからというもの、なんとなく大取家の中にまでは足が進まなかったのだ。久しぶりの椅子はどうも尻の据わりが悪い。
勧められるままに中途半端に部活で消費した塩分を補給するつもりで漬物を齧ると、根菜の触感が歯に小気味よかった。
「美味いです」
「ありがとうございます」
大取アンナという女性は、英にとっては鏡花の母親というのと同時に第二の母のような存在である。
鏡花の姉といっても通じるような見た目の彼女にそう思うのもどうかと思うが、英が生まれた直後は体力の戻らない芹以上にアンナの世話になっていたというから、本当に母親のようなものだ。
その後も細々と迷惑をかけており、鏡花だけでなくアンナに対しても、英は感謝しかない。
そんな彼女が見慣れた姿とはいえ、メイド服でお茶を淹れてくれているというのはなんとも落ち着かない。かしこまらないでいる方が難しい。
アンナが居る方から香ってくる甘いような香ばしい香りを吸い込んでいると、少し気分が落ち着いてきて、ふと気になっていたことが口をついて出た。
「そういえば、アンナさんはこの国のものが好きなのに、服はいつもその、キキーモラの魂の衣装なんですね」
「航さんがこの、ヴィクトリアンスタイルを好んでいましてね。ならば、といろいろな国の衣装を試しました。どれも好評でして、あちらの世界ではまた違う衣装なのですよ。
ただ、フレンチスタイル装備でこちらの国の……メイド喫茶? に倣って『おいしくなーれ 萌え萌えキュン』をした時は不評でしたね。『アーニャは高位のメイドさんだから印を結んだり呪文を唱えなくても料理はおいしいんだよ』とお言葉を頂きまして。ええ、至福の時間でした」
陶酔の表情で彼女は続ける。
「私の旦那様は本格派なのですよ。古式ゆかしい形が好きなのだとも説かれておられました」
(航さん……)
誇らしそうに語るアンナには悪いが、今の会話についてはさっさと頭から消してあげるのが優しさな気がする。
「そしてこちらの国の使用人には制服、という概念があまりなかったようでしたので、私といたしましては旦那様の要望に見合うもの無し、ということでこちらの国の衣服は着用しておりません」
「そうなんですか」
なかなか深いがあまり口外できないことを知ることができたと思っていると、アンナは何か思い出したようにあ、と呟いた。
「そういえば、もう一つ理由がありましたね。英君は覚えてらっしゃいますでしょうか? 七五三のお参りの際、よい機会なので和装で出かけたのですが、その時英君ったら私を“ばあや”と呼んだのですよ」
「え、マジですか?」
記憶にないが、そんなとんでもないことを言っていた当時の自分に制
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