同じ病院で同じ日に生まれた英と鏡花は、家が隣だったことや、両親たちが子育ての戦友であったこともあり、気が付けばいつでも一緒に居た。
どこに行くにもついてきて、何をするにも英と一緒であった鏡花は、キキーモラとしての本能なのか、英の細々とした要望を叶えることを遊びとし、英から何らかのお願いをされることを喜んでいた。
そうして、望むことはなんでも叶えてくれようとする存在が幼い頃から常に傍に居た英は、成長するに従って彼女を酷使するようになった。
“お願い”はいつの頃からか“命令”の形になっていき、鏡花への扱いは、
「あれは、奴隷扱いって言われても仕方ないな」
思い出す限りでも、日常的に荷物を持たせ、物を取りに行かせ、宿題を写させるわ給食のデザートは奪うわ朝は起こしにこさせては着替えの用意をさせ、部屋の掃除も彼女任せという有様だ。
今となってはあの頃の自分をひどいと思えるが、当時はそれが当たり前過ぎて、何も感じることができなかった。
それでも、
「そんなことをしてたけど、でも俺はずっと鏡花が好きだったんだよ」
正直に愛情を示すには成長し過ぎていたし、迂遠に愛を示すには幼かった。苛虐的に歪んでしか示されなかった親愛の情に、しかし鏡花は嫌な顔ひとつしないで甘んじてくれていた。
それが故にあの頃の英は余計に異常を自覚できなかったのだろう。これでいいと、心の底から思っていた。実際の彼女の内心はどうだったのか、今となっては怖くて訊くこともできない。
そんな生活を続けていると、小等部も三年になる頃には鏡花は相島家を正常に保つハウスキーパーになっており、また英の命令も粛々とこなすしっかりとした子分にもなっていた。
仕事に対する熱心さは大したもので、家事を滞りなくこなすために英が望むものを先回りして用意して英の命令に即応できる態勢を常に整えていた。
日毎に快適になっていく生活の裏で行われる苦労を知ることもないまま、まるで温かい布団に包まれているかのように心地よく堕落していく日々を英は享受していた。
そんな生活に転機が訪れたのは初等部三年生の、ちょうど今くらいの時期だった。
●
その日、英は荷物を放り出して友達と秘密基地で遊ぼうとしていた。
学園近くの山の中には代々の生徒がいろんなものを持ち込んだ洞穴があり、いつの頃からかそこは秘密基地と呼ばれるようになっていた。
中等部に上がる生徒たちが中学年の生徒にその存在を教えるという遊び場所の受け渡しが伝統になっており、その年の春に、英たちも上級生からその存在を伝え聞いていたのだ。
秘密の遊び場という、男心をくすぐる場所である。
とはいえ、基本的には自然むき出しの場所だ。快適な遊び場は他にいくらでもあり、実際にそこで遊ぶのは秘密基地の存在を知らされた年くらいのもので、高学年になると各々別の遊び場を見つけるのが常だった。
そんな束の間の遊び場だが、低学年を過ぎて学校で教わる科目が増え始めると同時に自我と反抗心が芽生え初めた英たちにとってみれば、大人の監視の目が無い場所という意味で、秘密基地の存在はとても魅力的であった。
こうして新たな遊び場で遊び倒す子が居る一方で、秘密基地遊びに積極的に参加しない者も居た。英の記憶では女子の姿はほとんど見たことがなく、鏡花も遊びに参加しない内の一人だった。
当時、自分の母親に師事して家事を本格的に学び始めていた鏡花は、その日も家庭科の時間に習うそれよりも遥かに上等な料理を学ぶことになっていた。
そんな彼女を残して遊び場に出かけようとしていた英は、玄関を出たところで家に顔を出そうとしていた鏡花とはち合わせた。
「英君、お出かけですよね? お外ではお車やワームさんに注意してくださいね。それと、ひみつきち? の場所は山の中なのですよね。あんまり深入りしてはおケガをなさるかもしれません。お気をつけください。あと――」
滔々と彼女の口から注意が羅列される。
口調こそ下からのものだが口うるさい両親を思わせるそれは、学年が上がって男友達同士で遊ぶことが増えてから一段と小うるさくなった。
注意内容も、仕事で家に居ない両親の代わりを務めているつもりなのか、低学年の子供にするような当然なことばかりだ。そういった細々したものは、ことあるごとに鏡花への態度を注意してくる両親を思い出して英を辟易させていた。
「あ、あの、おじさまやおばさまはお帰りがおそいそうですので、お夕ごはんはうちで食べませんか? えいようの整ったものを用意いたしますよ。できあがるお時間はおそらくですね――」
だから、この時ではなくてもいつか近い内に、英は鬱憤を爆発させていたのではないかと思う。
「うるせえ」
「え……」
虚をつかれて
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