青年は視界を塞ぐ木々をかき分け、獣道をたどりながら進む。丈夫なマントを羽織っているが、それでも枝に引っかけ衣服は大分傷んでいた。
「まったく遭難とは難儀ですね、しかも暗くなってきましたし……」
歩き続ける青年のリシュは袖で汗をぬぐい、大きく溜め息をつく。懐からだした地図をひろげ、糸のような細い瞳に近づけ覗きこんだ。
「この道であっている筈ですが……あの商人に適当なもの掴まされたのでしょうか?」
唸りながらも正しいであろう道を延々と進む。
周囲は真っ暗闇で唯一の灯りだけが、リシュの持っている物のみであった。
「なんというか、一人暗闇のなか歩くのは精神的に参ってきます……独り言も多いですし……いや、雰囲気に負けては吟遊詩人として名折れ、一曲奏でて明るくいきましょう!」
そう自分に言い聞かせると歌い出した。
現在周囲は草やら木々やらをかき分けるため、両手は使えない。背負っている楽器のリュートが使用不可である。
軽やかでひょうきんな歌を歌いながら進む。徐々に枝を払う手が拍子をとりはじめ、地面を踏みしめる足が軽快になっていく。
暫くたった頃には歌声も絶好調で、軽々と進んでいた。
ふとリシュの視界になにかが光る。火のような暖色ではなく、青白く明滅するそれは闇夜ではひときは目立つ。
いぶかしげに思い躊躇するが、その光は道の先にあるようであった。迂回する時間も惜しく、町につくのが先と獣道を歩く。道を辿るにつれ光へ近づいていき、なにかか判別出来るようになった。
まさかと思い地図を見直すと、道の途中には池が記されていた。
「よかった……この道は本当にあっていたんですね」
明確な目印を見つけ、地図が正しかった事にリシュは安堵の溜め息をつく。
ここで野宿でもするかと思案しながら池に出た瞬間、リシュは息を飲んだ。
満月に照らされた青白い世界に、月光が乱反射し煌めいていた。池のなかに静かにたたずむ少女が一人。ヘソあたりまで半身を沈め、手を覆う長い袖と胸元をわずかに隠す衣服を濡らしている。無表情に空を見上げるその姿は儚げで美しかった。
リシュの視線に気づいたのだろう、少女は目だけを動かし瞳を合わせてきた。
「お兄さん、だれ?」
「え? あの、えっと……」
少女が口を開いた事に現実味がなく、リシュは言葉に詰まる。それほどまでに心が捕らわれていた。
「お兄さん?」
水面を揺らし少女はリシュと相対する。
「え!? あ! すみません!」
すぐさまリシュは体ごと後ろを向く。少女の張り付いた衣服、裸に近い姿に覗き見をしたようで、申し訳なく思ったためだ。
「お兄さん、名前は?」
「私はリシュです」
抑揚が少ないが可憐な声に、リシュは素直に答えた。
「ありがとう、ワタシはカシニ、よろしく」
後ろを向き続けるリシュには見えないが、カシニは頭を下げる。
「お兄さんは曲弾けるの?」
「ええ、吟遊詩人やってますので、歌も曲もどちらもいけますよ」
リシュは背負っている弦楽器のリュートを手に持ち、軽く鳴らす。
「良い音、一曲お願いしていい?」
「いいですけど……うーん……」
カシニがお願いしてきたが、リシュは迷う。
奏でるのはまったく問題は無い、だが後ろ向きで演奏したところで音が上手く伝わらないのだ。聴いてもらうなら最高を目指したい、よって向き合うことが良いのだがカシニを直視してしまう。そこが悩み所であった。
「えっとですね……あ!」
カシニの強い視線から期待が高まっているのをリシュは感じとる。どうしようか迷っていたが、一つ案が浮かんだ。
「これを羽織ってください」
着ていたマントを後ろ手に渡す。それなりに長いため、これならカシニの全身覆えると考えたのだ。
「わかった」
カシニの返事と共に水を歩く音がする。リシュの手から布の感触が無くなり、再び水の音が響く。
「着た」
カシニの返事を聞いてリシュはふりかえった。少女を視界に納めた瞬間に、リシュは思わず吹き出していた。
「何をしているのですか!?」
「匂い嗅いでる、お兄さんの匂いがする」
首元で止めてあるマントの少し持ち上げ、スンスンと音を立てているのだ。しかも真ん中は開いており、茶色いマントから覗く白い肌のおへそ回りが強調される。
思わずリシュは唾を飲み込む。カシニにも聞こえたのだろう、マントからリシュへと視線が移り、匂いを嗅ぎながらもじっと見つめていた。
見とれていたリシュだったが、咳払いをして気を持ち直す。
「取り敢えず何を弾きましょう?」
「どんなのが有るかわからないから……良いのある?」
「そうですね……ではこんなのはどうでしょう?」
リシュはゆっくりとリュートを鳴らす。
満月に照らされた清んだ蒼い世界、池には波もなく月を浮かび上がらせる。静止した絵画のような空
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