「さすがにいろんな魔物がいるぜ……」
荷物を手に町中を歩きながら、俺は声を漏らした。本格的な親魔物領、それも魔物の領主が治める町へ来るのは初めてだが、町には思った以上に様々な形態の妖女が溢れていた。角や尻尾が生えている奴らはもちろん、下半身が丸ごと蛇や虫の物に置き換わった魔物もいる。透き通った粘液が女の形をしている奴もいる。人間とは違う、異形の連中が町を闊歩している。
「おーい、どいてどいて!」
背後から女の声が聞こえた。振り向いた瞬間、材木を乗せた荷車が猛スピードで突っ込んできた。慌てて飛び退くと、その荷車は暴風のごとく脇を通り抜ける。
荷車を引く少女は朗らかな笑顔と共に一礼し、そのまま往来を突っ切り駆けていった。節のある六本の足をフル稼働させ、自分の体よりも大きい重そうな荷物を元気よく運んでいる。もう少しでぶつかりそうだったが、その微笑ましいとも言える姿を見ると許してあげたくなった。
そう、魔物と言っても本当は人間を食い殺したりはしない。人間と全く同じではないだろうが、遊び、食べ、働き、恋をすることだってできる。この往来でも魔物が露天で買い物をしたり、人間の男と二人で歩いている姿が見受けられた。靴磨きの子供の横に、赤い粘液の体を持つ魔物が座っていたりもする。そして種族問わず、往来には笑い声が溢れていた。
このルージュ・シティでなら、やっていけそうだ。まだ彼女達の異形の姿は怖いが、これだけ陽気な町で暮らすならすぐに慣れるだろう。教団の勢力圏で育った俺を、町の住人たちが受け入れてくれれば、だが。
そんなことを考えながら、俺は新しい職場にたどり着いた。
「ルージュ教会……ここか」
魔物の住むこの町にも教会があった。どんな神様に祈るのか分からないが礼拝堂があり、壁にステンドグラスがはめ込まれている。礼拝堂自体は小さな平屋であり、そこから渡り廊下で居住スペースに通じているようだ。外装は質素ながらも、なかなかシャレた建築である。
とりあえず礼拝堂を覗いてみよう。
そう思った瞬間、そのドアが開いた。木製の質素なドアの内側から、ずるりと這いずるような音が聞こえる。隙間から伸びてきたのはピンク色の、腕ほどの太さがある……
触手。
「うおおおっ!?」
反射的に叫んで飛び退いたが、続いて見えたのは優しげな緑色の瞳だった。白いローブ姿の修道女がゆっくりと姿を現し、俺に微笑を向ける。髪は奇麗な金髪で、清楚な乙女といった印象だ。ただしその体からはローブを突き破って多数の触手が伸びており、粘液を滴らせ蠢いていた。
小柄な彼女は俺を見つめ、にこりと笑う。
「ごめんなさい、驚かせちゃった?」
「あ、いえっ!」
しまった、まったく俺という奴は。これからこの教会で働くというのに。いくら相手が魔物とはいえ、初っ端から雇い主にこんなリアクションしてどうするんだ。
「大変失礼しました。パン職人のフィルマン・ルーヘンです」
「ああ、貴方が!」
修道女はぱちんと手を叩いた。
「私はシュリー。この教会を取り仕切ってるの。よろしくね」
「はい。まだ魔物に慣れていないので失礼なことをしてしまいました、すみません」
「ちょっとずつ慣れてくれれば大丈夫だよ」
可愛らしく微笑み、頷くシュリーさん。多分ローパーという魔物だろう。優しげな表情とグロテスクな触手にはかなりのギャップがあるが、寛大そうな人でよかった。
彼女が礼拝堂のドアを開け放ち、中からの視線がこちらに集中する。魔物の修道女が数名、子供が十人ほど礼拝堂に集まっており、歌の練習でもしていたようだ。オルガンもちゃんとある一方、祭壇や神像などは置かれていない。何に祈るか分からない奇妙な礼拝堂だ。
「みんな、パン屋さんが到着したよ」
シュリーさんが告げる。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。腕には自信はある。接客もできる。魔物と一緒に暮らすのも、まあ慣れていけると思っている。だが果たして、この不思議な町の教会で俺は受け入れられるのか、改めて不安になってきた。魔物たちからしてみれば反魔物領で育った俺の方こそが異質なのだ。
とにかく大事なのは挨拶だ。先ほどは失敗したし、ここで良い印象を持ってもらわなくては。
「フィルマン・ルーヘンです。どうぞよろし…」
「パン屋だー!」
「やきたてのパンが毎日たべられるんだね!」
自己紹介を終える前に、子供達が群がっていた。人間・魔物ともに多種多様な少年少女たちが俺を取り囲む。
「ぼくにもパンの作り方、おしえて!」
十歳くらいの少年が目を輝かせる。
「わたし、あまいパンがいい!」
悪魔の少女が無邪気に笑う。
「にく! にくの入ったパン!」
ワーウルフらしき少女が元気に叫んだ。
「売り方のべんきょうします
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