「ラ・クカラーチャ ラ・クカラーチャ もう歩きたくねぇ」
鬱蒼とした山の中。歌いたい気分ではなく、誰かに頼まれたわけでもないのに、俺は一人口ずさんでいた。
「だって無ぇんだもん もう無ぇもん マリファナが無ぇもん」
このクソッタレな状況にはクソッタレな歌詞がお似合いだ。右手に持つライフル銃が重いし、その先端に着いていた銃剣は敵を四人突っ殺したところで折れやがった。その挙げ句に一人で山の中を歩かにゃならんとは無様にもほどがある。戦いの最中に頬をかすった弾の傷が疼くように痛み、それも無性にイライラした。
それでも歩くしかない。革命に終わりが来るのかも、昨日一緒にテキーラを飲んだ奴が生きているかもこの際知ったことじゃない。死にたくないから生きる。それこそクカラチャ(ゴキブリ)のようにしぶとく、ぶっ叩かれても歩き続けるしかない。
「ラ・クカラーチャ ラ・クカラーチャ」
ひたすら歌い続け、足を前に運び続ける。体がだるくても重くても、こうするしかない。
だがそのとき、先の方の茂みがガサリと動いた。
俺は足と歌を同時に止める。風は吹いていない、何かがいるのだ。
すぐさまライフルのボルトを引き、細長い弾丸を一発押し込んだ。残っているライフル弾はこれだけ、腰には刃こぼれしたサーベルをぶら下げているが、頼りになるかは怪しい。構えたとき、再び茂みが動く。
あれは人間の動きじゃない。肉にありつける!
「逃げるなよ……」
逸る気持ちを抑えつつ、照準を定める。これで準備は整った。
大丈夫だ……自分にそう言い聞かせた。銃剣攻撃で多少銃身が歪んでいるかもしれないが、この距離ならなんとか仕留められるだろう。
俺は引き金に指をかけ……
「!?」
その瞬間、『何か』が茂みから飛び出した。翅のような物を広げ、弧を描きながら俺に向かって突っ込んでくる。
咄嗟に引き金を引き、炸裂音が轟いた。硝煙の香が鼻をつく。だが飛び出した弾は『何か』に当たらなかっただろう。何故ならそいつは止まること無く、俺に飛びついてきたのだ。
「うおっ!」
人間にそうされたときのように、肩を両手で押さえられ、地面に倒される。だがそいつはどう見ても人間ではなかった。確かに手は二本、足も二本ある。肌も健康的な色をしていた……茶色い甲殻で覆われているところを除けば。
虫。そう、そいつは虫だった。俺の肩をつかむ手は節のある虫のそれだし、背中には光沢のある翅、頭からはムダに長い触覚が生えていやがる。まさしく俺が今歌っていた虫……クカラチャじゃないか。
人間に虫を足した化け物……それだけでもぞっとするだろうが、一番驚いたというか戦慄したのはそいつの顔だ。
醜いわけでも、大口開けて噛りついてくるわけでもない。そいつは可愛い女の子だった。
動けない俺を赤茶色の瞳で見つめ、虫娘は何処か心配そうな顔をしている。
「離れろ、化け物」
「……イタ、そう」
「……あん?」
こいつはどうやら口がきけるらしい。だが一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「これ、イタそう……」
ふいに、頬の傷を舐められた。まるで犬が仲間をいたわるように、虫娘はペロペロと舐め続ける。傷口に唾が染みて少し痛かったが、くすぐったい舌の感触が気持ちよかった。
「……お前、優しい奴なのか?」
「ヤサ、し? ……ンっ」
何故か頬を赤らめ、虫娘は体をよじらせた。褒められて照れたのかと思ったが、よく見たら違った。こいつは手足と背中の羽以外は女そのもの。そしてその股間を、人間の女と変わらない丸出しのソコを俺の体にこすりつけていたのだ。
「あンっ、ふゃ、イイ……」
恥じらいも躊躇いもなく、俺の汚ぇズボンに大事なところをこすりつけ、虫娘は気持ち良さそうに喘ぐ。股の割れ目からは温かい汁が垂れ流され、ズボンに染みを作っていた。
「……面白ぇ奴だな、お前」
思わず笑みがこぼれてしまった。半分虫でも、女の子が側にいるってのはいいもんだ。いや、そりゃ男が単純なだけか。
俺が笑ったのを見て安心したのか、虫娘も俺に微笑みかけてきた。素朴で可愛い顔だ。不気味な化け物でも、女の子で言葉が通じて優しい奴ならわざわざ怖がることはない……そう考える事にした。
「食い物はないか?」
「く……ゴハン?」
「そう、ゴハン」
安心すると空腹を思い出しちまった。虫娘は俺の言っていることを理解したのか、羽の裏側辺りをごそごそとまさぐる。
「コレ、あげる」
彼女が優しく笑って差し出してきたのは、ピンク色の柔らかそうな木の実。いわゆるハート形をしたような、宝石のように透き通った果実だった。
見たこともない生き物から見たこともない食べ物を勧められた。だがその果物の甘い匂いが、空きっ腹をこれで
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