食うか食われるかのティータイム

「はい、お茶」

 綺麗なカップに入った紅茶が、目の前に置かれた。香りからして結構いい葉を使っているようだ。

 さて、今の状況……連れてこられた小さな教会の中で、オレとシュリーは向かい合ってお茶を飲んでいる。尾行者は教会の外にいて、様子をうかがっているようだ。教会の中には掃除をしているゴブリンなどがいる以外、怪しい奴はいない。どうやら結婚式や葬儀などを行うだけで、教団の教会のように信者が毎日通ったりするわけではないようだ。
 そしてシュリーのことだが、彼女の下半身からローブの布を突き破った状態で触手が生えていて、うねうねと動いている。どうやらローパーと呼ばれる魔物らしい。戦場にいるタイプではないので初めて見た。

「どうしたの? これが気になる?」

 触手を一本、俺の眼前に伸ばしてくるシュリー。ピンク色の肉から粘液が垂れ、オレの紅茶に入った。

「あっ、ゴメン!」
「平気平気」

 オレは気にせず紅茶を飲んだ。特に彼女の粘液で味が変わった様子は無い。

「オルテ村の新茶か。いい値段しただろ?」
「よく分かるね! 最近紅茶に凝ってて、いろいろ集めてるのよ」
「ここ、そんなに交易が盛んなのか?」
「うん、親魔物派の国や魔王の領地とは、結構取引してるみたい」

 シュリーも紅茶にミルクを足し、一口飲む。

「あれから随分、経ったんだよね……」
「……ああ、そうだな」


 やはり昔のことを思い出してしまう。
 オレたちが生まれたのは元々貧しい農村で、餓えや渇きとの戦いは日常だったと言っていい。おまけに役人どもまで税金のピンハネをするせいで、もう貧乏の極みだったと言っていい。シュリーの父親代わりだった神父は「努力すれば必ず報われる」と村人に説いていたが、オレはいつか村を出ていくと決めていた。傭兵になって強くなり、役人どもを殺してやることを考えていた。

 しかし、オレが十歳になった頃、村が戦場になった。兵士どもによって家は焼かれ、畑は踏み荒らされ、村人も役人も死んだ。オレたち生き残りを襲ったのは冷害による不作。家畜も死に絶え、食料不足から栄養失調を起こす村人が続出した。
 最初に餓死したのは、神父だった。彼は子供だったオレやシュリーに、自分の食べ物のほとんどを与えてしまったのだ。父も、母も、身近な人々が次々と死んでいく中、耐えがたい空腹に苦しんだオレは、村に唯一残された蛋白源に手を出した。

 人肉だ。

 オレは近所の青年の死体から肉を切り取り、焼いて食べた。それを見たシュリーは、痩せこけた手で俺の頬を打った。そんなことをしては駄目だ、人を食べるなんて魔物と同じだ、と。だが、オレは無視して食い続けた。食わなければ死ぬと分かっていたからだ。
 シュリーも頭では分かっていただろう。しかし教会で育てられた彼女からすれば、幼馴染が人肉を食べる大罪を犯すのを見過ごせるはずもない。骨と皮だけになった体で、オレを抑えつけて止めさせようとしたシュリーの目は、今でも脳裏に焼き付いている。

 その三日後、シュリーが突然いなくなった。盗賊に攫われたと村の隣人から聞いたオレは、もう自分の村に絶望しかないことを、いくら努力してもここにいる限りは報われないことを悟った。
 切り取った人肉を塩と一緒に籠に入れ、オレは村を出た。それが無くなると野犬を殺して食べながら、町へ辿り着き傭兵団に入った。少年兵はオレ以外にも大勢いて、飢饉で人肉を食ったことのあるのもオレだけじゃなかった。
 それからは戦争の日々。少年兵の仲間が次々に倒れていく中、オレはがむしゃらに生き抜いてきた。戦いが終わり死んだ敵兵を見ると、無性にその肉の味が気になり、食った。強い敵兵ほど、食欲が湧いた。
 やがてオレは自分も強くならねばと思うようになった。少年兵に回ってくる金はスズメの涙程度だったが、オレはそれを貯めて魔術や武芸の書物を買い、それらの技術を必死に身に付けた。神父が字を教えてくれたことに感謝するべきだろう。

 やがて、ある戦いで傭兵団は壊滅した。雇い主の捨て駒にされるという、傭兵によくある結末だ。なんとか生き残ったオレは、すでに少しは名の知れた傭兵だったので、一人で依頼を受けることにしたのである。
 そして、今に至るわけだ……。






「シュリーは、あの後どうしてたんだ?」
「私を攫った盗賊は、私を奴隷として売り飛ばそうとしてたらしいんだけど、通り道の山で魔物の集団に襲われたの。盗賊たちは逃げ出して、私はその魔物たちに助けられた……」

 懐かしそうに、シュリーは言う。オレが傭兵だということ、そして今でも人や魔物の肉を食うことがあると知ったら、何て言うだろうか。

「その魔物たちはみんな優しくて、私は一緒に暮らすようになった。ある日その中の一人に襲われて、私も魔物になっちゃっ
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