第十一話 『……ねぇ、気づいてないふりしてない?』

 風は弱い。天気は良好。敵機のいない長閑な空だ。
 ガラス張りの温室さながらに、シュトルヒの操縦席は日光を取り込んでいた。地上に集まった観衆や派手な色のテントを見下ろすと、なんとも愉快な気分になってくる。

 操縦桿を引き、上昇。宙返りするような軌道を描き、機首が天を仰いだ瞬間にスロットルを絞った。重力に逆らって飛んでいた機体はプロペラで大気にぶら下がるかの如く、だらりとした速度になる。下から見れば空中で静止しているようにさえ見えるだろう。
 やがて失速し、その姿勢のままゆっくりと落下。何度やっても妙な感覚だ。シュトルヒは機首の重さによってひらりと裏返り、逆さまになった。先ほどまで従順だった我がコウノトリは重力に従い、ただの棺桶となって地上へと落ちていく。プロペラの回転で機体がゆっくりと回り始めた。空中に投げ出されたかのような自由落下のスリルを楽しみつつ、私は地面との距離を測っていた。一歩間違えればそこに待つのは無惨な死。それでもこの陶酔感は他では得られない。

 操縦桿を握ったまま、落ちる。落ちる。落ちる。

「声揃え、高らかに」

 高度が下がる。下がる。下がる。
 草原が、地面が間近に……

「パイロットよ、空へ!」

 空軍行進曲の最後の部分を口ずさみながら、棺桶の中で体勢を立て直す。舵を当て姿勢を整え、スロットルを開き、コウノトリを目覚めさせた。高度およそ五メートル足らず、地面近くで機首を持ち上げる。そのまま緑の草原の上を掠めて、水平に戻した。
 観衆に目をやると、レミィナもエコー隊長も、皆一様に拍手喝采だ。

 徐々に上昇しながら、赤と白の布で作られた大きなテントを見下ろした。入り口に掲げられた看板には、私も最近覚えたこの世界の文字が書かれている。
 『レミィナサーカス』と。









 ………










「凄いな、あんなに自由に空を飛べるなんてよ」
「今度俺も乗せてくれ」

 ピエロ姿の隊員たちが私の肩を叩く。昔の同僚と変わらない、陽気な連中だ。
 町の住民たちが遠巻きに見守る中、我々はシュトルヒをテントへ運び込んでいく。全幅十五メートルの翼を折り畳んでしまえば、巨大なサーカスのテントに格納することもできるのだ。テント内では興行の準備が進められており、頭上では鳥人たちが綱渡り用のロープを張り巡らせ、下半身が蜘蛛の魔物が空中ブランコなどの設置を行っていた。

 元々この隊はレミィナが遊び仲間を集めたのが始まりで、初代隊長のリライア・クロン・ルージュが就任してから本格的に親衛隊を名乗り始めたという。しかし彼女の性格上、腕は一流だがアクの強い面子ばかりを集める事となり、他のリリムたちからは「魔界随一のお笑い集団」などと揶揄されることになった。そして開き直った気まぐれ王女は本当にサーカス興行を始めさせてしまった……とのことである。
 ドイツ空軍でも腕のいい戦闘機部隊はサーカスに例えられることもあったが、自分の親衛隊に本気でサーカスをやらせるとは恐れ入る。彼女らしいと言えばらしいが。

「みんなワケ有りの奴らばかり。正規軍からのはみ出し者もいるし」
「その割にまとまってはいるようですね」

 互いに声を掛け合いながら作業する隊員たちを見ながら、エコーとそのような会話をする。魔物の比率が多いが、先ほどのピエロたちのような人間も見受けられた。

「お嬢はああ見えて慕われてんの。どいつもこいつもバカ騒ぎが好きだからさー」

 エコーのその一言はかなり説得力があった。私にとってレミィナという悪魔は悪戯とバカ騒ぎを司る存在となっている。彼女の遊び仲間を集めた集団、という点は今でも変わっていないということになるが、それでも祖国の武装親衛隊やゲシュタポ(秘密警察)のような集団よりはありがたい。

「お嬢は普段、自由気ままに一人旅。みんなでドンチャン騒ぎしたいときや、戦争おっ始めるときに合流するってわけ」

 砕けた口調で言うエコーだが、つまり彼女たち……他人事のような言い方は止めよう、我々親衛隊もレミィナの命令があれば戦闘行動を行うということだ。当然と言えば当然のことであり、本来サーカスではなくそちらが本業であるべきだろう。

「どのような作戦行動を行うのです?」
「正規軍から応援を頼まれたときとか、お嬢が個人的にムカついた時に戦う。堂々とやることもあるし、セコイ手も使う」

 懐から葉巻を取り出しつつ、隊長は不敵な笑みを浮かべた。そういえば最近煙草の類を吸っていないな、などと他愛も無い事を思い出す。

「特に私は人間に成り済ますのが得意な種族だし。同じようにパッと見人間と変わらない奴らを集めて、教団の騎士団に変装して奇襲とかね。ぶっちゃけ汚れ役さ」
「……なるほど」

 祖国にも似たような手を使う奴がいた。そのような
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