「吐けってんだオラァァァァ!」
「俺らのシマで阿片なんぞ売って無事で済むと思ってんのかァァァ!? アァ!?」
「糸引いてんの誰だコラァァァァ!」
今日も俺たちは真面目に働いている。平和で長閑な日がすばらく続くと、たまに馬鹿が何かやらかすもんだ。
それはそれとして、もう戌の刻を知らせる鐘が鳴る。果たしてセンは無事にやって来れるだろうか。
そう思った瞬間、戸が荒々しく開かれた。
「雨撒きの旦那!」
肩で息をしながら、センは目を血走らせて俺を睨む。川にでも落ちたのか全身ずぶ濡れで、相当疲れているようだ。ついでに相当怒っているようだ。
「おう、おセン。遅かったな」
「あんた、よくもあたしを……へっくしん!」
ずぶ濡れになれば妖怪でも寒い物は寒いだろう。気の効く子分共が捕まえてきた馬鹿を奥の部屋へ引っ張っていったので、俺はセンを囲炉裏の側へ手招きした。だがセンは仁王立ちしたまま近寄ろうとしない。
「何を怒ってるんでぇ?」
「しらばっくれるんじゃないよ! ここに来る途中、往来で酔っ払った鬼共と町火消しが喧嘩してて巻き込まれそうになるわ、別の道に行ったら何処かの馬鹿が肥やしぶちまけて通れなくするわ、引き返そうとしたら稲荷のガキにマタタビ粉投げつけられてネコマタに群がられるわ、何とか振りほどいて川沿いに歩いていこうとしたら白蛇に巻き付かれて長々と人生相談されるわ! 挙げ句カラスの糞が頭について、変な趣味の河童に川に引きずりこまれて三回も果てちゃったじゃないか!」
「厄日だな。まあそういう日もあるだろうよ」
「絶対あんたが仕組んだんだろ!」
涙目になりながら怒鳴るセン。めんこい。
いくら人間を舐めきっているとはいえ、ここまでされればさすがに俺の企みだと気づいたか。精々俺が戌の刻まで逃げ回るくらいだと思っていたんだろうが、甘い。
俺が雨撒きの鎌次郎と呼ばれる理由は、単に弱い奴を助けるからってだけじゃない。町中に雨を降らせるかの如く、企みを張り巡らせて相手の逃げ場を無くすからだ。ミツはこの藩出身のクノイチで、カフェーを仲間との連絡や異国との接触にも使えるよう、あいつに女給の仕事を頼んだわけだ。今回もちょいと奴に協力してもらい、町中にセンを足止めする罠を張り巡らせた。センに「あひぃ」と言わせるためということで、堅気の衆も大喜びで手伝ってくれたが……少しやり過ぎちまった感はある。ちなみにカラスの糞だけは偶然だ。
「言いがかりは止しな。ほれ、もうすぐ戌の刻の鐘がなるぞ」
「ちぃっ……まあいいさ、あんたがどれだけ邪魔をしようと金ならここに……」
懐に手を入れ、まさぐり……センは固まった。どうやら今日も財布が無いと見える。実を言うとミツはクノイチでも指折りのスリ師だったりするが、まあこいつには言わないでおく。
「おやおや、金が無いってか?」
「くっ……この外道め」
「戌の刻までに返せねぇ場合は……覚えてるよな?」
俺の言葉に、センは歯ぎしりしつつも素直に変化を解いた。ふわふわの耳と尻尾が飛び出し、刑部狸の姿が露になる。
「ほう、覚悟はできてるってことか」
「ああ。だけどね旦那、借用書には耳としか書いてなかったはずだよ」
強気な態度でセンは言い放った。
「血まで渡す筋合いは無いからね。耳が欲しければ、血を一滴も流さずに取ってもらおうじゃないかい!」
「……ほぉ」
どうやら俺にはめられたと気づいたときから、丸め込むとんちを考えていたようだ。確かにそれは道理だ。俺が本気で耳を切り取ろうとしても、その理屈を持ち出せばどうすることもできない。
だがこいつは一つ根本的に勘違いをしている。耳をいただくとは言ったが、切り取るなどとは言っていない。
「なるほど、お前の言う通りだ。じゃあ血を流さないでいただくとしようじゃねぇか」
「え……!?」
センがうろたえた隙に、俺は素早く立ち上がった。咄嗟に袖に手を入れるセンだが、こちとら修羅場を潜ってきた侠客だ。正面から行くと見せかけ、ささっと背後に回り込む。
「わっ!?」
慌てふためく狸の腕を押さえると、袖からこぼれた棒手裏剣が床に刺さった。もがくセンを羽交い締めにしてやると、狸の耳が丁度俺の顎の下に来てやがる。尻尾までばたばたと暴れてくすぐったい。
「な、何するんだい!?」
「こうするんでぇ!」
俺はセンの左耳に噛りついた。
「んひゃぁ!?」
いきなり可愛い声を出し、センはびくっと震える。柔らかい毛で覆われた耳も歯から逃げようとピクピク動くが、そこへすかさずもう一噛み。さらに歯ぎしりするようにクニクニとやると、細身の、しかし出るところは出た体が反り返った。
「ゃ、やめ……ひゃうぅ……
#9829;」
「珍味だなぁ、狸の耳は」
今度は右の耳を噛んで
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