第六話 『ちょっとやり過ぎちゃった感があるわね』

 眼下に広がる雑木林の中に、石造りの遺跡が見えた。石壁などは倒壊しているものの、柱の類いがいくつか原型を留めている。空から見ると同様の遺跡が林の中に点在しているようで、かつてここに何らかの文明があったのは間違いないだろう。

「あれが収容所?」
「地下に牢獄があるんです」

 カーリナとレミィナが言葉を交わす。遺跡を隠れ蓑にした地下基地ということだが、遺跡の規模からして地上からの出入り口も複数あると見た方がいいだろう。だが今の戦力では常識的に考えて、全ての逃げ道を塞いでの掃討戦は不可能だ。そもそも正面切って攻め込もうものならカーリナの仲間たちが危ない。

「地上には人っ子一人いません」
「あの様子じゃ、処刑も地下でやるわね」

 私もそう思った。いちいち処刑する魔物をぞろぞろと地上へ出しては偽装の意味がない。とすると、なんとかして忍び込むしかないわけだが……

「カーリナさん、貴女が逃げ出してきた入り口は覚えていますか?」
「ああ。あたいはあそこの、櫓みたいなのがある所から……」

 彼女の指し示す先を見ると、なるほど風化してはいるものの、確かに石造りの櫓らしき建物がある。あそこに地下へ続く入り口の一つがあるようだ。

「他の出入り口に心当たりは?」

 カーリナは首を横に振った。つまり判明している限り、侵入経路はそこしかないことになる。彼女がそこから逃げ出した実績があるのだから、最も確実と言えば確実だろう。問題はどうやって入るかだが、私はふと思いついた。

「奴ら、馬はどこで飼っているのでしょうか?」
「そういえば……私が連れてこられたとき、馬は別の方に連れて行かれてた……」

 やはり外に馬小屋があるようだ。馬は運動が必要な動物であるし、軍馬ともなれば尚更訓練が必要だ。いつまでも暗い地下基地に押し込んで飼うことはできないだろう。

「とすれば、馬小屋には馬番の一人や二人はいるはずです。そいつらを締め上げて中のことを訊きましょう」
「そうね」

 とりあえず、作戦の第一段階は決まった。カーリナの仲間たちをどうやって助け出すかは、内部について詳しい情報が手に入ってからだ。こんな大雑把で無謀な救出作戦など、ドイツ軍なら絶対に行わないだろうが、これしか方法が無い。
 そして何よりも、一番の強敵がよりによってゴーレムなのである。奇妙で美しい魔物と人間が入り乱れるこの世界に来ても、まだ元の世界と私を結ぶ因縁がついてまわっている。ただの妄想かもしれない。だが、逃げる気にはなれない。

「着陸地点を探します」

 断ち切れなくとも、立ち向かおう。
 そう心に念じ、私は機首を下げていった。









 …………



 ………




 …











「うん、あそこね。獣臭さがする」

 茂みの陰から遺跡の方を見て、レミィナは呟いた。遺跡の石壁に似せたと思われる建物だが、積んだ石の風化具合などが違う。空を飛ぶ魔物からの発見を防ぐためか、屋根には地面の色に似せた布がかけられている。規模としては精々、馬五頭か六頭程度だろう。カーリナを追撃してきたのが三騎だったことから見ても、あまり多くの馬はいないと考えられる。
 シュトルヒは林の中の空き地に着陸させ、レミィナが不可視化させる結界を張った。まったく魔法とは便利なものである。

「入り口は一カ所だけですね。どうにかして馬番をおびき出しましょう」
「ああ、それは簡単。わたしに任せて」

 事も無げに言い放ち、レミィナはすっと立ち上がった。武器を用意するでもなく、姿勢を低くして近づくでもなく、堂々とした足取りで馬小屋に向かう。無防備すぎるが彼女のことだ、何か作戦があるのだろうし、下手に制止しては敵に気取られるかもしれない。援護できるようライフルを構え、私は息を殺して見守ることにした。だがどうにも狩る立場には慣れていない。
 緊張する私を他所に、レミィな葉迷うこと無く馬小屋に入っていく。カーリナも固唾をのんで見守るが、その後妙に静かな時間が続いた。この世界で銃声がしないのは当然として、いくら耳をそばだてても怒鳴り声一つ聞こえてこないのだ。

 判断に困る静寂の後、レミィナが笑みを浮かべつつ小屋から出てきた。怪我が無いのを確認し、まずは一安心である。
 だがその直後、彼女の背後に男の姿があることに気づいた。二人の若い兵士だ。しかし武器を持っておらず、その上酔っぱらいのごとく足取りがおぼつかないようである。その目は何処か起きたまま夢を見ているかのようであり、ただレミィナにのみ視線を向けているところを見ると、彼女の魅力にしてやられたらしい。

「連れてきたよ」

 まるで近所の知り合いを呼んできたかのようだ。さすが魔王の娘、武器など必要ないということか。それにしても馬番の兵士二人の締まりの
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