「姫、眩しくないですか?」
「平気よ」
ガラス張りの操縦席に陽光が差し込む中、悪魔の王女は穏やかに応えた。私の操縦の下、シュトルヒは海岸の上を飛ぶ。打ち寄せる波が陽光に煌めき、ガラス張りの操縦席にも温かな光が差し込んでいるが、闇から生まれた悪魔であるにも関わらずレミィナは元気そうだ。心なしか我が愛機も調子が良く、この旅を喜んでいるような気がする。
「んふふっ。ヴェルナーって結構紳士よね」
「女性への配慮は欠かすな。両親から教わった通りにしているだけですよ」
イタリア人のように歯の浮くような台詞を言うわけでもないのだし、私からすればこのくらい当然のことだ。褒められる理由にもならない。
さて、我々の目的地はトーラガルドという、レミィナが幼い頃住んでいた町だ。勿論出発前に飛行計画を立ててある。まずルージュ・シティから海岸に沿って北東へ飛び、海峡を横断してエスクーレ・シティという港町で補給を行う。エスクーレまでは魔物と教団の勢力圏が重なり合う『複合戦線』であり、平和なルージュ・シティも外ではゲリラ戦を展開しているとのことだ。今のところ、魔物側が優勢だという。
そこから先は魔物の勢力の強い地域だが、それでもやはり教団による侵攻が散発的に行われているらしい。トーラガルドもそこにある。教団とやらはどうしても魔物を殲滅したいようだが、違う生き物同士で憎み合えるうちは私の世界よりはマシだろう。むしろ人間だけの世界がどれだけ悲惨なことか。
「ところで、親衛隊は私以外に何人いるのです?」
「五十人くらい」
やや大雑把にレミィナは答えた。親衛隊は普段レミィナと別行動を取っており、必要に応じて合流するらしい。今回の合流場所はトーラガルドとのことだが、親衛隊という言葉に良いイメージの無い私は会うのがやや不安である。もっとも彼女の親衛隊で、あの領主リライアが隊長を務めていたのだから、祖国の武装親衛隊のようなクソ野郎共とは思えないが。
「前は二百人くらいいたんだけど、その殆どがルージュ・シティを作るためにリライアが集めた人材でね。人材コレクターなのよ、彼女」
「つまり、姫もあの町を建てるのに協力したことになりますね」
私の言葉に、彼女は「まあね」と笑う。彼女は後ろにいるため顔は見えないが、声に鈴のような笑い声が混じっていた。
「わたしもリライアの作る町が見てみたかったの。なんていうか、わたしより彼女の方が人の上に立つ器がありそうだし。ヴェルナーもそう思ってるんじゃない?」
反応を試すかのような口調だったが、ここで咄嗟に面白いことを言えるほどのユーモアセンスは無い。なので機体を浅くバンクさせつつ、正直な感想を口にした。
「姫には姫の良さがあると思います」
「それも配慮?」
「私は配慮はできても、お世辞は言えない男です」
女性に敬意を払うのは当然として、へりくだる筋合いは無い。男に対しても同様なので、血筋を明かさなくとも私を嫌う上官も多かった。飛行機学校時代は戦闘機かせめて急降下爆撃機を志望していたのに、偵察や連絡用であるシュトルヒのパイロットを命じられたのもそのせいかも知れない。とはいえ今ではこの機体に愛着を持っているし、下手に出世でもしたら地上勤務が増えるので、飛行機にさえ乗れれば後は何でも良かった。
そして、私の言う褒め言葉は全て本心からだ。
「んふふっ、確かに不器用そう。でも曲がったことは嫌いで実直なタイプよね、ヴェルナーは」
「私自身はひねくれ者とよく言われますがね」
言いながら、私は前方を凝視した。陸地が途切れ、微かに海のラインが見える。あれがエスクーレ海峡だろう。それほど長い距離ではないというが、救命胴衣も持たずに洋上飛行するのはやはり不安だ。それでもレミィナがいると、何とかなりそうな気がして困る。
「ところで姫は悪魔ですから、真面目で誠実な人間や聖者様をそそのかして、堕落の道に引きずり込んだりするのですか?」
「するよ」
事も無げに、レミィナは答えた。
「特に女の子なら、わたしたちと同じ魔物にできちゃうしね」
「ああ、そう言えば」
彼女の母……魔王の計画では、人間の女性は全て魔物に変えるそうだ。女などというのは元から男を惑わすようにできているのだし、私からすれば本物の魔物になったところで対して変わらない。だが教団とやらがそれに強い反感を持っているのも理解はできる。
「ま、わたしはやるかやらないかを含めて、割と適当だけどね。女の子を徹底的に調教して、骨の髄まで魔物にしちゃう姉上もいるけど」
「動物扱いですか」
「あ、いや、調教っていうのはそういう意味じゃなくて」
レミィナが珍しくしどろもどろな口調になる。私が何か余計なことでも言ったのだろうか。人間同士でさえ優越民族と劣等民族を決めて
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録