「時計が沢山ついてる」
夜。我が愛機の操縦席に乗り、レミィナが最初に発した言葉がそれだった。
「高度や速度、エンジンの調子などを測る装置です」
「ふむふむ、そしてこの棒で動かすのね」
昇降口の縁に掴まる私の前で、彼女は操縦桿を動かしたり、ペダルを踏み込んだりしている。好奇心旺盛そうなこの悪魔は、機体各所の舵が動くのを興味深げに見ていた。
周囲にはバフォメットのミシュレ率いる魔女達が、機体を見ながら図面を引いたり、あれこれ話し合っていた。見た目が非常に幼いことを除けば、服装などは一般的な魔女のイメージに近い。とはいえそれでも何処か、男受けしそうなデザインではあるが……。他にも周囲には青い肌をした単眼の魔物・サイクロプスや、子供のような外見のドワーフもいる。金属加工に長けているとのことだ。全員が美女または美少女の姿とはいえ、私の世界の伝承と通じている部分もある。
サバトの研究施設だという倉庫に愛機は安置されており、昼間からこうして調査を受けているのだ。魔法で動くように改造するため、私も飛行の原理について簡単に説明している。だが戦術利用に関しては一切話していない。
「魔法も無しで、よくこんなものまで作るわね」
「もっと巨大な物や、恐ろしく速く飛ぶ物もありましたよ」
この程度のことなら言っても差し支えないだろう。別に軍事機密のためなどではないが、飛行機の戦術的な運用法については話さないつもりだ。
操縦席から降りようとするレミィナに手を貸す。彼女の白い手は柔らかく温かだったが、どこかたくましさを感じた。つくづく不思議な女性だ。男を誘惑する悪魔の妖艶さと、清々しい雰囲気を併せ持っている。軽い足取りで地面に降り立つと、彼女は改めて機体を眺めた。
「この子の名前は?」
「Fi156」
正確に答えると、彼女はつまらなそうな顔をした。
「味気ない名前ね」
「シュトルヒ、とも呼ばれています」
「シュトルヒ?」
「コウノトリですよ」
彼女たちが私に注射した魔法薬というのはこの世界の言語を刷り込む物らしく、母国の言語も話そうと思えば話せる。翻訳もしようと思えばできるのだ。
フィーゼラーFi156『シュトルヒ』。
短い距離で離着陸することを主眼に開発された、多目的飛行機である。足は遅いが、軽い重量と大きな主翼によって五十メートル前後で離着陸できる。燃料切れになった後、滑空して町中に着陸できたのもその軽さのおかげだ。加えて荒れ地での着陸も安全に行えるため、動力源さえ確保すれば滑走路の無いこの世界でも飛ぶことができる。
今までこれで数え切れないほど偵察飛行を行い、不時着した味方の救助も行った。スパイの脱出を手伝うこともあった。それらの功績が積み重なり、勲章を得るに至ったのだ。私の血筋からすれば、本来得られるはずのない勲章だが……。
「コウノトリかぁ。何となく似合ってるわね」
「そうですね。翼が大きいし、飛行中は脚も伸びるのでコウノトリのように……」
「ううん、そうじゃなくてさ」
私をじっと見つめ、レミィナは微笑んだ。未だにこの赤い瞳の力には慣れず、長く見つめ合っていると魅了されかかってしまう。古今東西、多くの英雄賢人が美女に惑わされ失敗してきたが、この女を見れば誰も先人達を非難できない気がする。
「貴方に似合ってるな、って」
「私に?」
よく分からない評価だった。面食らった私を見て、彼女はくすりと笑う。
「クールで気高い感じなのに、猛禽みたいな獰猛さはなくて、紳士的で。ヴェルナーにぴったりだと思うな」
「……そうでしょうか」
改めて、自分はどのような男なのだろうと思った。人間の男無しではいられないというこの世界の魔物たちの目に、私はどう映るのだろうか。無論シュトルヒには愛着があるから、似合うと言われて悪い気はしないが。
それにしてもこの悪魔、私の何にそんなに興味があるのだろうか。
「ねえヴェルナー。貴方からもわたしに訊きたいこととかある?」
わたしばかり質問してるから、と彼女は付け加えた。確かに、私には今なお情報が不足している。この世界の歴史などは簡単に教わったが、そもそも魔物だの魔法だの、私の世界とは根本的なところが違っているのだ。特に彼女たち魔物のことはよく知っておく必要があるだろう。
「では、貴女は何という魔物なのですか?」
「わたしはね、リリム」
レミィナは滑らかな声で答える。
「サキュバスの中で、最も強い魔力を持つ一族……つまり、魔王の娘の一柱ってこと」
「魔王の……それで『姫』と?」
「うん。別にどう呼んでもいいけどね」
朗らかに笑う彼女の佇まいからは、確かに王侯貴族のような気品を感じる。人間も魔物も関係なく、王族の風格というものはあるのだろう。私には魔王と言われて
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