「お前が【悪食】のヅギ=アスターか」
無駄に豪華な装飾品が飾られた、教会の一室。赤い鎧の騎士が、傲岸な口調で言った。まるでゴミでも見るような目つきでオレを見ているが、まあ騎士の傭兵に対する扱いなんてこんなもんだ。こいつらが不甲斐ないおかげで傭兵の仕事ができるんだから、感謝しないとな。
それにしても随分と装飾過多な部屋だ。壁には高そうな絵画、棚には金銀で作られた置物……オレが子供のころ通ってた教会はもっと質素で、それ故に威厳を感じられたが。
「殺した魔物を食べる、という噂だが?」
「殺して、というか……たまたま切り落とした尻尾とかは食べてるよ。もったいないからね」
オレが【悪食】の二つ名で呼ばれる所以だが、騎士はそれを聞いて忌々しそうに鼻を鳴らした。いいからさっさと依頼を言え、依頼を。
「貴様のような奴はすぐにでも異端審問にかけるところだが、今は状況が状況だ。それにこの町の司祭様の命令でもある……そう、貴様よりもさらに汚らわしい魔物共を駆逐するため、手段を選んでなどは……」
「本題に入ってくれると嬉しいんだけど」
さすがに本音を出すと、騎士は舌打ちして話を切り出した。この態度が続くようだったら、食っちまうぞって脅してやろう。
「貴様に殺して欲しい魔物がいる」
「暗殺?」
「そうなる。貴様のような傭兵にはうってつけだろう?」
オレはどっちかっていうと、乱戦の方が得意なんだけど。まあ最後まで聞こう。
「相手は?」
「リライア=クロン=ルージュ。忌まわしいルージュ・シティの領主たる吸血鬼だ」
ルージュ・シティ。このベルアン町の西にある新興都市だ。
ヴァンパイアの領主によって建てられ、人間と魔物の完全な共存を目指しているとのことだが、教団は魔物が人間を家畜化するための要塞だと言い張っている。無論、教団の言っていることは嘘だ。オレは実際に魔物と戦ったことも何度もあるから、彼女たちが本当に人間を食ったりはしないということは知っている。むしろ人間であるオレが魔物の体の一部を食っているという矛盾。人間でも食うけど。
と、話は脱線したが、とにかく教団にとってルージュ・シティは目の上の瘤のような存在なわけだ。
「なるほど、オレが領主を殺せば無論良し、返り討ちに遭ったらそれはそれで異端者モドキを始末できたことになる。あんたら教団に損は無いわけだ。提案した司祭様もしたたか者だね」
「………」
黙っている所を見ると、図星か。まあ戦場で傭兵を使うメリットの一つに、「死んでも犠牲としてカウントされない」というのがあるから仕方ない。それを承知でこの仕事をやっているんだから。
「……契約書はこれだ」
騎士が卓上に出した羊皮紙には、ヴァンパイアの名前と報酬金額、そしてオレがサインする欄があった。金額は普通の魔物退治や盗賊退治からすれば高い額だが、相手が高位の魔物となると安い。加えて敵のテリトリーに単独で潜入しなきゃならないことを考えると、安すぎる。
僕はおもむろに羽ペンを取り、インクをつけると、報酬金額にゼロを一つ付け足した。
「これだけ払えば、やるよ」
「なっ!? 貴様、足下を見おって!」
「なら言い方を変える、この金額で『我慢してやる』よ。あんたは知らないだろうけど、ヴァンパイアは他の魔物とは格が違う。このくらいじゃないと割に合わない。この部屋の置物を二つ三つ売り払えば賄えるだろ?」
赤い鎧の騎士は顔の血管が切れんばかりの形相で睨み付けてきた。魔物との戦いに慣れた傭兵が見れば妥当な金額と言うだろうが、この騎士はおそらく、本当は魔物と戦ったことがない。あるとすれば、戦闘力の低い魔物を一方的に殺しただけだろう。
俺はトドメに、殺し文句を言ってやることにした。
「どうしても駄目だって言うなら、代わりに女の胸肉をくれよ。人間の」
「何だと……!?」
「食ったことは無いけど、美味いって話でさ」
無論、でたらめだ。オレは確かに戦いが終わった後、倒した敵の肉の味が無性に気になり、食べている。人も魔物も。だがいくらオレでも、平時にそこまでして人肉が食いたいとは思わない。しかしオレの【悪食】ぶりを聞いていれば、本気だと思うはずだ。こいつも腐っても騎士、そんな要求に応じるくらいなら……
「……分かった、その金額を払う」
と、こうなるわけだ。
俺はペンを手に、自分の名前を契約書に書いた。
「ルージュ・シティを殲滅したら、次は貴様を殺してくれる……!」
「はは、まあせいぜいデビルバグにたかられないよう、気をつけな。それとそっちが契約を破った場合、報復はさせてもらうからな」
釘を刺した上で、オレは部屋を出た。
廊下を歩くシスター達は、オレを見ると露骨に避けて、中にはお祈りする者までいる。何かと威張り散らす
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