前編

「……よし、良い出来だ」

 完成した見本品の香りを確かめる。ラベンダーをメインとした香水で、無気力やストレスを癒す香りだ。優しく爽やかな女性を演出できることだろう。
 この研究室を見た奴は、大半が俺様を錬金術師だと勘違いするだろう。蒸留器だのフラスコだの、そんな物ばっかり並んでいるし。

「さてさて、何と名付けるかねぇ、この新作」

 明るい紫色の液体を瓶に移しながら、俺様はこの香水の似合う女性を想像する。いや妄想と言うべきか。外観、性格、そして何よりも重要なのが体臭。

 俺様はニオイフェチである。文句のある奴は前に出ろ。
 幼い頃から常人の何倍かの嗅覚を持ち、香りに関わる仕事をしていればこうなるのは無理ないはずだ。そのはずだ。だが俺様はただの変態ではない、調香師(パフューマー)としての腕はあらゆる客層から『一流』との評価を得ている。このルージュ・シティに来てから、技術は更に向上した。人間より嗅覚の鋭い魔物を相手に商売するのだから、余計な臭いがつかないよう一層注意が必要というわけ。まあ相手が人間でも魔物でも、俺様は瓶にほんの少しの洗剤の臭いだって残さないけどな。それがプロってもんだ。

 話がちょっと逸れたが、お客の体のニオイというのは香水作りでは大事な要素。服や靴を職人にオーダーメイドで作らせるような人なら、次はオーダーメイドの香水も欲しくなるものだ。当然お客様自身のニオイに合わせて作らないと、粋な紳士淑女を演出することはできない。特に魔物の場合、種族によって体臭も似合う香りも大きく異なってくるわけで、それを考えて香水を作っていくのがなんとも楽しい。粘土遊びをする子供のように、ただただ夢中になれる。
 そうしているうちにお客様のニオイに夢中になることだってあるのさ。いるんだよ、人間にも魔物にも……男を惹きつける『女のニオイ』を振りまく女性が。まああくまでもお客様として注文を承っているけどな。当然お客様が男でもちゃんと仕事するし。

 とまあ、長々と語ったが……。
 そういうわけで俺様はこの町で一番の調香師である。

「お、雨のニオイだ。もうすぐ降るな」

 神経を研ぎ澄ませていると、こういうニオイも察知できる。洗濯物を取り込まなくては。
 しかし裏口へ向かおうとしたとき、来客を知らせるベルが鳴った。直ぐさま進路を百八十度反転し、店の方へ向かう。一応軍隊経験があるから回れ右は芸術的なまでに得意だ。だがきりっとした足取りで表へ向かい……俺様は言葉を失った。

「いらっしゃい……ませ……」

 華やかなニオイが、鼻をくすぐった。簡単に言えば汗のニオイ……しかしその中から何とも言えない甘いニオイが感じられる。花とも果実とも違う、ただ甘ったるいだけでなく、清々しささえ感じさせる香りだ。脳の奥まで溶かし、胸を高鳴らせる。甘く、切ない、女のニオイ。
 その発生源は、今し方玄関のドアをくぐった女だ。爬虫類を思わせる尾と掌、凛とした目つきに締まった口元。肢体は優雅で、特に胸の膨らみは大きい。たゆんたゆんだ。
 リザードマンという別に珍しくはない魔物だが、あまりにも香しいニオイを放っている。これは香水では絶対に出せない、女の子本人のニオイなのだ。ついでにたゆんたゆんだ。

「……お前がヒューイー・クルペンスか?」

 その体臭、いや、体香と言うべきだろう。それに相応しい、女らしくも凛々しい声で、お客様は尋ねてきた。恍惚状態になっていた俺はハッと我に返る。

「はい、俺が調香師ヒューイーです。何をお求めでしょうか?」

 私の問いかけに、彼女はフンと鼻を鳴らした。心なしか何処か不機嫌そうだ。

「香水の注文に来た……オーダーメイドだ」
「左様でございますか。どのような物がよろしいでしょう? こちらにサンプルもございます、樹木系、柑橘系、ハーブ系その他諸々ございますよ」

 胸の高鳴りを隠すこともできず、早口でまくし立てるように喋ってしまう。こんな体香を持つ女性なんて滅多にお目にかかれないのだ。先ほど言ったように人間でも魔物でも『女のニオイ』を振りまく女性はいるものだが、ここまで俺様を虜にする体香の持ち主は数えるほどもいない。しかも、たゆんたゆんだ。

「……私はこういうのに疎くてな」
「そうですか。お仕事は何を? お名前は?」

 普段何をしているかも、オーダーメイドの香水作りには重要な事柄だ。職業というのはその人のイメージを決定づける要素の一つである。

「私設軍領主邸警備隊の、カナン・ギュナンだ」
「ああ、思い出した! 前の闘技会に出場なさってましたよね!」

 すると彼女はムッとしたような顔になる。何か気に障ったのだろうか。以前催された闘技会に、彼女は間違いなく出場して……。

 ……やべ。この人、一回戦で敗退したんだった。

 彼女が
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