「……領主、が、来るよ」
鴨をさばきながら、ペトナが舌足らずな口調で言った。
「領主が?」
「ライジェ、と、話をす、る……」
感情の無い鳶色の瞳で鴨を見つめながら、ペトナは手だけは動かし続けている。俺が彼女を家に入れ、屠場の仕事を教えてからまだ数日。それにも関わらず、屠殺といい解体といい、彼女の手際は見事だった。今も普通なら長すぎる両手の鎌を器用に使い、的確に肉を切り分けている。ササミ、胸肉、もも肉……いずれも余さず正確に切り取られ、綺麗な形でまな板に並んでいく。心臓や砂肝なども、鎌の先端を上手く使って抉り出してしまう。さすが自分の体の一部だけあって、自由自在に扱えるようだ。
俺も自分の解体していた鴨の砂肝を、包丁で縦に裂いた。水桶を使い、中の砂を洗い出す。慣れた悪臭が鼻を突く。時々聞こえるペトナの鈴が、耳に心地よい。
「お前、なんで先のことが分かるんだ?」
「……分か、るから……分かる、だけ」
答えになっていない返答が返ってきた。
前述の通り、彼女を家に連れ込んでからまだ数日しか経っていない。とりあえず出会った次の日に、彼女に屠場を見せ、屠殺と解体をやらせた。狩猟生活を営んでいた彼女なら、家事より屠場の方が向いていると思ったのだ。実際、彼女は一瞬で家畜を楽にしてやるし、教えた通り正確に作業を進める。俺が褒めてやると頬を赤らめて微笑み、ますます励もうとする。
そんな可愛くて無口なペトナだが、時々ふっと妙なことを口走る。今日はいきなり雨が降る、誰かがやってくるなど、少し先のことをぽつりと呟くのだ。そして今のところ、彼女の予言が外れたことはない。
「明日の天気は?」
「………ずっと、晴れ」
「明日、人は沢山来るか?」
「来、る」
「ペトナの脚はすべすべで綺麗だな」
「……ん」
照れくさそうに微笑みながら、脚をもじもじと摺り合わせるペトナ。牧場祭りの準備に追われながらも、時々こうやって惚気ている。これが楽しいもので、やってみると弟の気持ちがよく分かった。
とはいえ、牧場祭りが明日に迫っている以上、あまり遊んではいられない。俺達の勤めるルージュ・シティ市営牧場では、年に一度この牧場祭りが開かれるのだ。肉料理や乳製品などを売る模擬店が出るし、馬術大会なども開かれる。今日領主が来るというのも、恐らくその視察ということだろう。茶菓子の準備をしておかなくては。
「ペトナ、休憩だ」
「ん」
ペトナがこくりと頷き、水桶で手と鎌を洗い始める。下着や髪飾りを身に着けている他に、このような衛生面の感覚も人間に近い。他にも町暮らしにおける常識をある程度知っている節もある。もしかしたらマンティスでありながらも、産まれたときから森で暮らしていたわけではないのかもしれない。
俺も同様に手を洗い終えると、ペトナは『メイトガード』を始めた。後ろから俺に抱きつき、巨乳を押しつけてくる。数日間このように寄り添われて、常にべったりしているクルトとウルリケの気持ちが、少しだけ分かった気がする。彼女の俺に対する独占欲と、甘え癖……この二つが、何とも愛おしく思えるのだ。
彼女の髪を後ろ手で撫でながら、二人で休憩小屋へ入った。今いるのは俺達だけで、木造の小屋は慎ましやかな雰囲気に包まれている。備え付けの茶菓子を卓上に出そうとしたとき、不意にペトナが俺から離れた。背中の柔らかな感触が消え、振り向いてみるとペトナは脚を擦り合わせ、俺を見つめている。
「ライジェ、は、私の脚が好、き?」
「……ああ、好きだ」
そう答えた瞬間。
ペトナの両手が迫ってきたかと思うと、いきなり顔面を掴まれた。
「お、おい!」
制止の声も虚しく、首を後ろへと捻られる。
それに釣られて体が後ろへ向いた瞬間、腰に軽い膝蹴りを受けた。仰け反った瞬間、右足の膝裏を踏むようにして蹴られる。あっけなくバランスを崩した俺は、後頭部から床に倒された。
人体構造の欠陥を突いた見事な投げ技。当然ながら手加減してくれたようで、怪我は無かった。しかし、毎日のようにこれをやられては堪らない。そして押し倒された後どうなるかは……決まっている。ペトナはしなやかな体で俺を組み敷いて、顔を覗き込んできた。無表情だが瞳には熱っぽい輝きが宿り、発情しているのだと分かる。
「あの、ね。ウルリケが、ふともも、で、おちんぽ擦、るといいよ、って」
「……仲良いな、お前ら」
俺の言葉に、ペトナはこくりと頷いた。彼女の無表情はどこか威圧的だし、ウルリケは人見知りが激しいから上手くやれるか不安だったが、以外にも一緒に風呂に入るほど仲良くなっている。やはりペトナは母性が強いらしく、本当の妹のように面倒を見ているのだ。しかし性的なことに関しては、数日前に男の味を覚えたペトナより、すでにクルトと多くの
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