「夏はみんみん、蝉の声。冬はしんしん、雪景色」
鍋の中でお味噌汁をかき混ぜ、具と汁の割合を考慮してお椀に注いだ。この町では最近日の国の食材も輸入されるようになったようで、朝食の材料も揃えられる。ただし食器は、オーギュさんの使っているスープ皿だ。ネギと豆腐がたっぷり入った味噌汁は湯気を立て、朝の涼しい空気の中に香りが漂って行く。
「たとえ体を裂かれても、狩戸の狐は嘘言うな、っと。ほら、おつゆもできたでー」
二人分を盛り付け、すでに着席しているオーギュさんの前と、自分の席にそれぞれ置く。白いご飯に焼き魚、出汁巻き卵、そしてお味噌汁。
押しかけ女房を始めてから一週間。毎朝彼に食事を作っているが、内容は祖国の料理ばかり。それしか作れないからだが、オーギュさんは意外にも気に入ってくれた。曰く「ジパングの料理は胃に優しいから好きだ」とのことだ。徹夜仕事も平気で行うオーギュさんには、確かに日の国のあっさりとした料理が合っているだろう。お味噌の栄養で力も付く。しかしそれ以前に、自分の身を顧みないような仕事の仕方を何とかして欲しいが。
私が椅子に座るのをじっと待つ彼の目線は、皿の空白の部分に向いていた。指先がテーブルクロスの上で何かを描くように動いていることから、何か服作りのことを考えているのだろう。片時も仕事のことが頭から離れない、生粋の職人。だからこそ二十三という若さで、一流と評される腕前を手にできたのだ。そんな歪みない所も、私を惹きつけて止まない。
私が座ると、オーギュさんもはっと顔を上げ、目を閉じて合掌した。
「日々の恵みに、感謝します……」
小声で唱えるオーギュさんに合わせ、私も合掌する。このルージュ・シティには反魔物国家出身者も多く、教団の伝統的な習慣を続けている者もいる。「我々は教団に騙されていた!」と言って、掌を返したように教団を批判するのは嫌だという人や、他者に迷惑をかけないのであれば批判される筋合いはない、という人たちである。そんな人間たちもこの町は受け入れているし、無理矢理他の信仰を押し付ける者もいない。町の教会でさえ、特に信仰に拘っていないくらいだ。
短いお祈りを止め、匙を手に取ったオーギュさんはお味噌汁に手をつける。汁物から口をつけるのが正しい作法だと言ったら、律儀にそれを実施しているわけだ。
「美味しい?」
「ああ」
続いて出汁巻き卵を口に放り込み、咀嚼した。あまり笑顔を見せない上に、鋭い目つきと顔の痣のせいで終始恐い顔に見える。私たち妖怪は顔の美醜などほとんど気にしないが、恐いものは恐い。しかしこれも一週間押しかけ女房をしていて分かったことだが、彼は嘘の笑顔が嫌いなだけなのだ。実際、仕立てた服をお客に納品し、喜んでもらえたときには笑みを浮かべていた。もっともそれでも決して満足せず、より素晴らしい仕事をしようとする。逆に不満があればはっきりと態度に出る人なので、料理も不味ければ不味いとはっきり言うはずだ。
今のオーギュさんは次々に料理を平らげていく。
「オーギュはん。そろそろウチのこと、好きになってきたんとちゃう?」
豆腐をつるりと飲み込み、訊いてみた。料理の評判は上々で、仕事の後に指圧をしたり鍼を打ったりすると、体が軽くなったと感心してくれる。今では指圧をしてくれと自分から頼んでくれるほどだ。仕事中以外はあまり邪見にされないし、ふざけて尻尾をじゃれつかせてみると、手で毛並みと感触を楽しんでくれる。そしてそのまま私が誘惑し、交わりに及ぶこともあった。少なくとも、もう嫌われてはいないのではないか……そう思ったのだ。
彼は白米を掻き込み、飲み下すと、私を見て口を開いた。
「……セックスの度に漏らすのはなんとかならんのか?」
「うっ。そ、そないなこと言うても、気持ち良すぎて……」
そうなのだ。私たちの交わりはまず私が誘い、オーギュさんがそれに乗ってくるところから始まる。最初は私が尻尾や口、胸を使って彼に奉仕し、その後に彼の素敵な肉棒が私の膣奥を犯し尽くす。そして絶頂を迎えた私は体から力が抜け、失禁してしまう。もちろん、好きで漏らしているわけではない。単なる刺激による快感と、『対稲荷用』の極上の精の味、そして彼の鬼気迫る表情が、私の忍耐力をたやすく削ぎ落としてしまうのだ。
服を仕立てるときといい、交わりのときといい、普段から鋭い目付がさらに鋭くなるのだ。『睨み殺す』という行為を実演できそうな迫力がある。
だがそのときの気と精の流れは実に整って美しい。単にハサミの妖力によって精が変質しただけではなく、オーギュさんの歪みない心の姿が表れているのだ。
「あ、でもオーギュはん、妖怪が嫌い言うわけやないんやろ?」
「……嫌いなら、こんな魔物だらけの町に住むか」
眼鏡のずれを
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