ジャガイモが半分のサイズになっていた

 右手の買い物袋に入った食材を眺め、俺は歩きだした。
 瑞々しく健康的な緑色をしたホウレンソウ、力強い土の香りを纏ったジャガイモ、一口で食べられるくらい小さな玉ねぎ。まだ見習い料理人の俺だが、食材を見る目には自信がある。働いている店の店長もそれを認めてくれており、最近体調の悪い奥さんに代わって、俺にこういう仕事を任せてくれているのだ。
 店は午後の営業が終わり、夕食時の営業までは時間がある。その間に、左手に持ったもう一つの袋を、あるところへ届けなくてはならない。

 袋の中身を溢さないよう注意しつつ、俺は速足で歩いていった。時間はあるが、早く目的地に着いて、彼女に会いたい。その一心で、俺は市場の人ごみの中で歩を進めた。
 目指す先は練兵場。今から行けば、丁度休憩時間になっている頃だ。

「今日こそ、食べてくれるかな……」










 私設軍の軍旗がはためく練兵場は、町の端にある。辿り着いた時には俺の読み通り、休憩時間を知らせる鐘が鳴っていた。兵士達は各々鎧を脱いで談笑し、これ見よがしに恋人とイチャついている奴もいる。
 同僚らしいリザードマンと、互いに頬を赤らめながら弁当を食べさせあっている剣士。
 部下のラージマウス達に群がられ、苦笑しながらチーズを食べさせている斥候部隊の隊長。
 肉の塊を持つ将校と、それに縋りついて尻尾を振るワーウルフの少女。
 人と魔物が入り乱れて暮らすこの町では、自衛のための私設軍も人魔共同で成り立っている。教団と睨み合いが続いている中だが、昼時にはこうやってのどかな時間を過ごしているのだ。

 俺が探している人はカップルたちの輪から外れ、クヌギの木の下で休んでいた。
 青い髪の毛を涼しげに短く切り、瞳もまた何処までも深い青。だが訓練の後で紅潮した頬には汗が伝い、鎧を脱いだ後のシャツもべったりと肌に張り付いている。それがたまらなく色っぽい。汗ばんだ肌も、魔物特有のツンと尖った耳も、全てが美しかった。
 彼女が俺に気づき、手を振ってくる。微笑を浮かべているのを見てドキリとしながらも、俺は彼女に歩み寄った。

「……隊長さん、お疲れ様」
「ん。君こそ、買い出しお疲れ」

 なめらかな声で、彼女は言った。俺が風下にいるせいで、彼女の汗のニオイが鼻をくすぐる。別に臭いフェチではないが、やはり好きな女の子のニオイというのは何か特別なものを感じてしまうらしい。口に出したらただの変態になってしまうが、彼女が魔物だからでもある。
 そして俺は胸を高鳴らせながら、左手の袋を彼女に差しだした。

「また、作ってきたんだ。よかったら食べてみて」
「ん」

 彼女はおずおずと袋を受け取り、中の弁当箱を取り出した。蓋を開けられた瞬間、緊張が走る。その中身は俺が店長の目を盗んでこっそり作った料理……スフレリーヌが入っているのだ。ふんわりとした触感が特徴のオムレツで、俺の得意な料理。まだ店で出せるレベルでは無いだろうが、こういう卵料理については上手くできる方だ。厳選したトマトソースをかけており、出来には自信がある。
 彼女はじーっとそれを見つめ……俺の顔を見上げた。

「座ったら?」
「あ、ああ、そうだね」

 俺はゆっくりと、草の上に腰を下ろした。できるだけ彼女に近づきたくても、勇気が出ずに微妙な距離感を保って座ってしまう。それでも心臓はやたらと高鳴っており、顔はきっと真っ赤になっているだろう。

「いただきます」

 彼女がフォークを手に取り、スフレリーヌを一口分切る。俺はその断面を見て、焼き加減も卵の膨らみ具合も完璧であることを確認した。大丈夫、今日こそはきっと……

 彼女がスフレリーヌを口へ運ぶその様子が、酷くゆっくりに見えた。黄金色の切れ端が、彼女の口腔へと消えていく。
 咀嚼する頬の動きを見つめながら、俺の緊張は落胆へと変わっていった。彼女の表情が、俺の期待していたものと違ったのだ。不味くはなくても、あまり食べる気になれないというような、味気ない無表情。少なくとも店に訪れる客たちが見せる、「美味しい」という顔ではない。
 彼女はフォークを置くと、気まずそうに弁当箱を差しだした。

「……すまない、美味しいとは思うが……」
「……駄目か」
「食欲がなくて、な。シャルルのせいじゃない。……本当だぞ?」

 俺を傷つけまいと、申し訳なさそうに彼女は言う。だが見習いとはいえ料理人である以上、食べた人のせいにして言い訳はしない。したら店長に殺される。俺がまだ、彼女を満足させられていない……それだけだ。

 彼女はレイチェル・クランロック。教団との睨み合いが続くこの町に、義勇兵としてやってきた魔王軍騎士隊の隊長。デュラハンという魔物らしく、並の兵士なら素手で倒せるほどの力があるらしい。常に凛として、部隊の先頭に立ってい
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