アサクサ提灯娘物語

 それは勇壮な光景だった。

 堂々たる風格の門は、赤とオレンジの中間の色で鮮やかに塗られている。この国では「朱色」と呼ばれるその色合いが、勇ましさと高貴さを同時に醸し出していた。この国の誇る屋根瓦は黒く艶やかで、今まで数え切れないほどの雨や雪を浴びて尚、しっかりと屋根を守っている。
 門の両側の空間に座すは、おどろおどろしい形相の木像。風と雷の神々だ。正義とも邪悪ともされるこの二柱の神たちは、大自然の恵みと厳しさの象徴と言えるだろう。自然に立ち向かいながら生きてきた僕ら西洋人と、自然と共に歩んできた日本人の違いが見えるかのようだ。ただの木像とは思えない力強い眼差しで、参拝客達を見下ろしている。

 しかし何と言っても、一番目を引くのは門の中央にぶら下がった、巨大な赤い物体。「提灯」と言う奴だ。
 円筒状の骨組みに赤い紙を貼り、折り畳みも可能にした、日本の伝統的な照明器具。だがこの門の象徴たる提灯は大きさが桁外れだ。高さ3.9メートル、直径3.3メートル、重さはなんと700キロ。数十年に一度取り替えられるらしいが、最近江戸幕府成立後400年の記念に、従来より一回り大きい物に替えられたのだ。表面に書かれている力強い漢字と相まって、圧倒的な存在感を生み出している。

「ポルトーネ・トゥオーノ……雷門。やっぱり素晴らしい!」

 僕はカメラのファインダーにその大提灯を捉え、夢中でシャッターを切った。日本の紙細工は本当に素晴らしい。僕の故郷のガラス細工に匹敵する、高度な職人芸だ。こういう物を見たくて日本に留学したと言っても過言ではない。漢字の逞しさと芸術性、折りたたみ式の機能性、そして紙製であるためか感じられる、独特の温かみ。あらゆる角度を写真に収めて、改めて全体を眺めると、ますますその迫力が感じられた。祖国にいたころに写真で何度か見たが、やはり実物は存在感が違う。
 京都や奈良へ行った時にも思ったが、やはり本物を見るのが一番だ。

「……ん?」

 この門の先にある寺院へ向かうべく、大提灯から視線を外した時。背の高い女性が、僕を見つめているのに気付いた。
 心臓が大きく跳ねる。一言で言うと、この女性はあまりにも美しい。朱色の着物を身に纏い、日本人女性の特徴である艶やかな黒髪がよく映えている。東洋人の歳は分かりにくいが、大体僕と同じくらいだろう。ただ僕が今まで見てきた日本人の特徴と違うのは、かなり背が高いということ。僕の身長は190センチあるが、彼女の背丈は僕の目の辺りまであるだろう。男の性から目をやってしまう胸元も、華麗な着物に包まれてふっくらと、豊満な存在感を主張していた。そして顔に浮かぶ微笑みは、不思議な温かさと神々しいまでの美しさを持っている。
 1秒ほどぼーっとしていた僕は、はっと我に返った。

「ブォンジョルノ、シニョリータ! こんにちは」

 笑顔で挨拶する。自己主張を兼ね、母国語と日本語で。日本人の女友達は何人かいるが、こんなに緊張したのは初めてだ。
 彼女もにっこりと笑い、口を開いた。

「こんにちは。提灯、お好きなのですか?」
「はい、大好きです」

 柔らかい、母性と温かみのある声に、更に心臓が高鳴る。「ヤマトナデシコ」はすでに絶滅した、なんていう奴もいたが、とんでもない。現に僕の目の前にいるじゃないか。

「あ、僕、リカルド・チェッキネロっていいます」
「わたし、歩雨良(ふうら)と申します。よろしく」

 丁寧に礼をする姿といい、その他の細やかな動作と言い、本当に優雅だった。
 フウラ……変わった名前だ。日本人の名前というのは奥が深いもので、漢字や語感の組み合わせで様々なパターンがあるから面白い。

「はい、こちらこそ。着物、よくお似合いですね」
「あら、そうですか?」
「はい、太陽のような眩しさです」
「ふふっ。お上手ですね」

 母国語でならもっと褒め言葉のレパートリーがあるが、日本語ではこのくらいしか言えない。それでも彼女が頬を赤らめて笑ってくれたから良しとしよう。純粋な人らしい。

「日本語お上手ですね。えーと、ちぇっきねろさん?」
「あ、リッキーって呼んでください。リカルドだからリッキーね」

 僕の顔も、きっと今赤くなっているだろう。当たり前だ、こんな魅惑的な女性を前にしてしまっては緊張するし、口数も当然多くなる。

「じゃあ、リッキーさん」
「はい!」

 元気よく応えてみると、フウラさんは愉快そうにクスクスと笑う。

「リッキーさんは、伊太利の方ですか?」
「はい、ヴェネツィアから来ました。水の都ですよ」
「まあ、とても素敵なところだと聞いております」
「故郷でも日本語勉強してました。貴女のような方とお話できるようになれて、嬉しいです」

 このくらい言えなくてはイタリア人をやっていられない。

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