こんぺいとう

 何か、柔らかなものに寄りかかって寝ていた。体に伝わるのはガタゴトという振動。目を開けたときに見えたのは、女の子の顔。

「……あ、起きた?」

 心配そうに僕を見る、黒いセーラー服を着た彼女。息がかかるくらい顔が間近にある。少しだけ間を置いて、僕は女の子の方にもたれて寝ていたことに気づいた。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて離れると、彼女はクスッと笑った。

「かまへんよ。キミ、一人で寝てて心配やったし。なんか怪我してはるし」

 ほんわかとした口調で、優しく言う。怪我と言っても、顔の切り傷に大きい絆創膏を貼っているだけで、目立つ割に大した怪我じゃない。もっとも怪我したときの状況はシャレにならなかったし、ズギズキ痛みはするが。

 女の子は僕と同い年くらいだろうか。ふんわりとした茶髪、くりくりとした目。可愛い子だ、と思ったけれど、それどころじゃないとすぐに気づいた。
 今座っているのは列車の座席だった。鉄道特有の振動が体に伝わり、現在走っていることも分かる。けれど僕は電車に乗った覚えはないし、今まで乗ってきた電車とは明らかに違う風景だった。木製のレトロな椅子が並び、音も何か……いや、そもそも『電車』ではない?

 窓を開けて外を見る。霧が深くて景色はよく見えないが、前方を行く先頭車両のシルエットは見えた。黒鉄色の車体、煙突、そこから吹き出す煙。
 蒸気機関車だ。今でも走っていることは知っていたけど、本当に動いているのは初めて見た。しかもいつの間にかそれに乗っているなんて。

 唖然としていると、甲高い雄叫びのような汽笛が鳴った。

「トンネル入るで。窓閉めて」

 セーラー服の子に言われ、顔を引っ込めて窓を閉める。その直後外の景色が濃霧から暗闇に変わった。

 状況が全く飲み込めない。
 夢? 明晰夢なんて見たことないのに。

「……まあ、びっくりしたやろなぁ。いきなりこないな所におって」

 笑顔で、でも心配そうに、彼女は声をかけてくる。混乱する中で、とりあえず彼女は親切そうだということ、そして何が起きているか知っているらしいということは、なんとか理解した。

「神隠し、って聞いたことある?」

 神隠し。ファンタジーものでしばしば見かける題材。行方不明になった人がどうなったのか、昔の人が想像した結果だ。よく分からないことは何でもかんでも、神様や天狗の仕業ということにしていた時代の話だ。
 現実に起きるようなことじゃない。

「それって迷信じゃ……」
「うちも昔そう思うとったんやけどな、ほんまにあるんや」

 少し神妙な面持ちで話ながら、彼女は僕の頬に手を触れた。頬、正確にはそこに貼られた絆創膏に、細く白い指がそっと触れる。

 ドキリとした直後、彼女は突然絆創膏を一息に剥がした。頬に痛みが走り、思わず声が出てしまう。

「い、いきなり何するんだよ!?」
「一気に剥いだ方が痛ないやろ」
「そういう問題じゃなくて、まだ治ってない……」

 言いかけたとき、今度は素肌……傷口に直接指が触れた。じわりと熱い感覚が広がったかと思うと、次第に痛みが消えていく。
 彼女が古そうな学生鞄から小さな鏡を出し、僕へ向けた。見慣れた自分の顔が映っている。あの目立つ傷跡が跡形もなく消えて。

「ほい、治った」
「……あなたが、神様?」

 ありがとう、と言おうとしたのに、口から出たのはそんな疑問だった。

「うちは神様の、言うたら家来みたいなもんやなぁ。元はキミと同じ人間やから、気張らんでええよ」

 彼女の声と言葉遣いはとても優しくて、未知の状況なのに安心感が湧く。
 改めて見ると本当に可愛い子だった。黒いセーラー服に黒いストッキング。そこに色白の肌が映えていて、眩しいほどだ。単に顔立ちが整っているとか、スタイルがいいとか、そんなことだけじゃない。人間の形をした、人間ではない存在。小説や漫画の中でしか知らないものの美しさが、目の前に在った。

「神隠し言うても、神様がわざとキミを拐ったんやなくて、たまたまや。ちゃんと帰れるさかい安心してや。今すぐには無理やけど」
「どうして?」

 尋ねると、彼女は一瞬きょとんとした。

「列車動いてるのに降りたら危ないやろ?」

 返ってきたのはごく常識的な意見。ごもっともすぎて何か恥ずかしくなる。対する彼女は楽しそうに笑っていた。

「大丈夫やって。袖触れ合うも多生の縁なんて言うし、ちゃんと帰れるように一緒にいてあげるで」
「……ありがとう」

 笑顔に見とれながら、やっとお礼を言えた。彼女は花のような微笑みを浮かべ、「どういたしまして」と返す。

「あ。うちの名前はね、ミヤって言うんよ」
「僕は神崎春義。その、よろしくお願いします」



 ……こうして、不思議な旅が始まった。今起きたことをまだ信じら
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