ルージュ・シティ。職人が多く集うこの街へ、俺は職人を辞めるために来た。
子供の頃から彫金師として修行を積んできた。いや、積まされてきたと言った方が正しいか。才能があるか無いかは分からないが、親父が酒乱でさえなければ家を継いでいただろう。職人としては一流だったが、ろくでもない父親だ。
故郷を出た後もしばらく修行を続けたし、それなりの物は作れるようになった。だが成り行きで親魔物領へ入ってから、ドワーフやサイクロプスの作品に打ちのめされた。どれだけ修行しても人間には超えられない壁がある……そう実感する品々を。
だがある意味、生まれから解放された気分にもなった。道を極めるようなことにはきっぱりと諦めをつけ、別の生き方探すことができる。
だからルージュ・シティへ来た。ヴァンパイアが統治し、人と魔物が共存する都市国家だ。職人として身を立てるチャンスを求めてやって来る奴も多いが、一攫千金のチャンスだって転がっている。
例えば、古い建造物が多く残る北地区からは未だに未回収のお宝が見つかるそうだ。南地区の森では希少な鉱石や薬草も出る。だが今回俺が目指すのは、町外れの海に面した場所だ。
「……まさに船の墓場、だな」
曇天の下、暗礁に乗り上げた多数の難破船。腐りかけた船板が波に叩かれ、もう帆を張られることのないマストが虚しく天を指している。巨大な戦列艦まであったが、座礁する前に戦闘で大破したようで、船首に大穴が空いていた。おそらく船尾に並ぶ士官室の窓に直撃を受け、砲弾が船内の砲列甲板を通って船首へ突き抜けたのだろう。その通り道にいたであろう砲手たちの最期は……あまり想像したくない。
まあその戦列艦は大分前からあるようだから、すでに誰かが調べているだろう。俺の狙いはもっと新しそうな船だ。やや離れた所に座礁しているキャラベルはどうだろう。帆布は千切れ飛んでいるが、船体の赤い塗装はまだ色褪せていない。それにあれは冒険者が好む船だから、どこかから持ち帰った財宝が眠っているかもしれない。
そんな都合の良い話はまずないと、普通なら思うだろう。だがこうした魔物の街では不思議とよく起こり得るようで、そんな話は数多く伝わっている。おそらく奴らには富を引き寄せる力があるのだろう。今はどうか分からないが、大昔の魔物は死ぬときに金貨か宝石を落としたというし、当時の勇者たちは魔物退治さえしていれば金策になったとも聞く。
だからきっと、俺もここで財宝を見つけられるはずだ。鏨を捨てても生きていけるだけの金を……。
「よ、っと」
船べりに鉤縄をかけて引っ張り、ちゃんと固定されたことを確かめる。船の木材はまだ強度を保っていた。ロープを辿ってゆっくりとよじ登り、甲板へ辿り着く。
嵐にでも遭ったのか、引き裂かれた帆布が無残に散らかっていた。船縁には旋回砲を据え付ける砲架もあったが、砲自体は海へ落ちてしまったようだ。甲板には一見すると何もなく、ただ冷たい風が吹き抜けるのみ。まずは船長室を調べ、それから船倉を探ってみるか。
そう思って船尾楼のドアに手をかけ、止まった。古びた木のドアに、タールで書き殴られた文章に気づいたのだ。
『乗船者よ この向こうにあるのは 人類の最良の友にして 最大の仇敵と心得よ』
誰かの罠か?
恐ろしい何かが封じられているのか?
中の様子を注意深く確認するが、暗い室内はよく見えない。船内の他の所を先に調べてみるべきか。
踵を返そうとしたときだった。ふいに雲間から陽の光が差し込み、船室の中を照らした。暗闇から窓越しに反射してくる光……仕事柄よく見るが、自分の物にはならなかった輝きだった。
「黄金……!?」
警戒心が吹き飛んだ俺は、同時に扉まで吹き飛ばすかのように開け放った。その瞬間目に飛び込んできたのはまさに、求めて止まなかった光景だった。
部屋中に溢れんばかりの金貨の山。埃さえ積もっておらず、日差しを浴びて眩く輝いている。
「本当にあった! ありやがった!」
山の中から両手ですくい上げる。無地の金貨だがずっしりと重い。これでようやく職人の血筋から解放される。親父のことも思い出さずに済む。俺は生まれ変わるんだ。
手のひらからこぼれ落ちた金貨の音は、まるで俺を祝福しているかのように聞こえた。いや、そうに違いない。その輝きに恥じない煌びやかな音を立てながら、金貨は転がり、床を這い回り、やがて重なり合って細長い黄金の柱を形作る。その周りをさらに何十、何百という金貨が渦を巻き、踊り狂う。そしてまた形を作り、金貨が金貨の柱によじ登るような姿となる。夢のような光景だった。
彼女は……黄金の女は両手足で柱に掴まったまま、俺に微笑んだ。しなやかな手足で器用にバランスをとりながら、柱を軸にくるくると回
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