神殿から出て、眩しい夕陽に顔を覆った。今日は一日中よく晴れていた。若い頃にはこういう日の昼間、捕虜を縛って船の甲板に放置し、暑さで苦しめたことがある。金と食料を盗んだ報復として。
だがこの街には水と共に涼風が流れ、日中も非常に快適だった。そして波の音が絶えない。ポセイドンを祀る白亜の神殿、荘厳な作りの劇場さえも、基礎は水に浸かっている。
道は石畳ではなく海水で満たされ、馬車の代わりにゴンドラと呼ばれるボートが行き来する。人魚と人が乗るものもあれば、山積みの花を運ぶものもある。
コートアルフ第一歌島アル・マール。海の魔物が行き交い、婚姻の儀式が行われる、海上の楽園。
水路を行き交うゴンドラには二種類あった。住民が足として使っているものと、旅人を乗せた観光用のもの。俺が乗るのは後者。艶やかな黒で塗られ、ささやかな金の装飾が施された小さなボートだ。神殿の前に繋がれたそれには櫂がなく、自分で漕ぐことはできない。
ゴンドラに乗り込み、揺れを感じながら漕ぎ手が戻ってくるのを待つ。水面に映る自分の顔を見て、そろそろ髭を整えるべきかと考える。
ほどなくして水中に影が見えた。魚影、と言って良いのだろうか。それはゴンドラの前でぐっと浮上し、微かに飛沫を上げながら顔を見せた。
「ごめん、お待たせしちゃったね」
「いや。俺も今戻ってきた」
「そっか」
プラチナブロンドの彼女は微笑むと、船縁に手をかけた。まず水の中から上半身が露わになる。服は着ているが、その白い生地は如何なる素材でできているのか、非常に目のやり場に困る服だ。ボディラインにぴったりとフィットし、豊満な胸の形が裸同然に表れている。もっともすでに見慣れたが。
そして下半身……輝く青い鱗で覆われた、魚の体。臀部をゴンドラの上に乗せ、立派な尾びれを水中に垂らす。
「こっちは誰も知らなかった。旦那様の方は?」
「ダメだった」
神殿にいたシー・ビショップの、申し訳なさそうな顔を思い出す。この島に到着したのが昨晩、今朝から人探しを続けて日も傾いたが、未だに手がかりを掴めない。もっとも分かっているのは名前と性別、歳、そしておそらくもう人間ではないということだけだ。
雲をつかむような話ではある。おまけにコートアルフにいるとは聞いたが、どの辺りかはハッキリしていない。
「この島じゃないのかもしれない」
「一先ず夕飯を食べに行こうか。露店船区画なら他の島の人もいるから、誰かが見かけたかも」
俺が頷くのを見て、彼女はゴンドラのもやいを解いた。その青い尾びれでゆっくりと水をかくと、小舟は静かに岸を離れ、水路へと進み出る。その優雅な尾が櫂の代わりだ。
船乗りの間で水の都コートアルフを知らない奴はいない。親魔物国家の船乗りなら楽園、反魔物国家であれば魔境の海としてその名を胸に刻んでいる。俺は元々後者だったので、実際のコートアルフに関してはあまりよく知らないままやってきた。とりあえず島の中心地であるアル・マール島へ来たのだが、ここでの移動にはゴンドラが不可欠だと知り、旅人向けの店で借りたのだ。案内役のマーメイド付きで。
「よっ……と」
小さな掛け声と共に、小舟はくるりと十字路を曲がる。見事な操船だが、前述の服に包まれた胸が大きく揺れた。
「……旦那様は、もっと清楚なのが好き? 神殿の人たちが着てるみたいな、さ」
俺の視線に気づき、彼女は苦笑する。ラツィアという名の彼女は人魚にしては少々ぶっきらぼうで、ツリ目がちの強気そうな風貌だ。だが俺の探し物を親身になって手伝ってくれているし、加えてゴンドラの扱いも上手い。
「目の保養には良い」
素直な感想を述べると、ラツィアはくすっと笑った。ゴンドラの漕ぎ手を務める人魚たちは皆、こうした体の凹凸が全て浮き出る服を着ている。彼女たちが速く泳ぐには全裸が一番良いらしいく、それに近い感覚で泳げる制服が作られたそうだ。万一客が舟から落ちたとき、いち早く救助できるように。まあ俺たち男がいくらその胸を見ても、彼女たちは不快に思わないようだから何の問題も無い。
しかし先ほどの神殿にいたシー・ビショップたちの服装も露出度はかなり高かったが、人魚の基準では清楚なのだろうか。
「悪いな。探し物に付き合わせて」
「全然構わないよ。そういうのも歌娘の仕事だって、私としては思ってるから」
話しているうちに、水路は下り坂に入った。この島の街は上層と下層に分かれ、それぞれ水路が張り巡らされている。魔物や海神の力によるものだろうが、昨日着いたときはその光景に唖然とした。
上層へ来るときは噴水のような仕組みで昇ったが、帰りはゆっくり降りることもできるようだ。ラツィアは尾びれで適度にブレーキをかけながら、余裕を持って船を降らせていく。
「人
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