プライベーティア(私掠船)
特定の国の政府・王族などから出資を受け、敵国の船から略奪を行うことを許可された個人所有の船のこと。
略奪による収益の一部は国と出資者へ還元される。
厳密には海賊ではないが、『国家公認の海賊』『国ぐるみの海賊行為』という見方もある。
嵐の海。ここが人間の住まう領域ではないと実感する、地獄の海原。
ブリガンティン船で敢えてそこに乗り込んだ俺は、舵輪を必死に左右へ回していた。メインの縦帆、フォアマストの一部の帆を張り、乱れた風を辛うじて操る。風と雷の音に水夫たちの怒号が混じる。
大砲も悪天候相手には役に立たない。空に立ち込める黒雲といい、その合間に光る稲妻といい、『絶望』という言葉がこの上なく似合う光景だった。
「船長! まだ追ってくるぞ!」
水夫の報告に振り向く。足の遅い大型艦は振り切ったが、俺のエル・ヴァリエンテ号と同じブリガンティンが六隻、未だに食いついている。苦し紛れに嵐へ飛び込んで逃げようと思ったのが、大砲や魔法の射程圏に入れば、数の優位で袋叩きにされるだろう。
敵船のマストの旗が暴風に靡いている。暗くて見えないが王国海軍の軍旗だ。まったく、しつこい。
「諦めるな!」
「船長、右舷に大波が!」
見張員の報告を聞き、こちらへ迫ってくる恐ろしい波を見やる。舵輪即座に舵輪を右へ回し、船首を大波へ向ける。横から波を受けるより転覆の危険が遥かに少ないのだ。波はぐっと船首を持ち上げたが、そのまま船底を通り抜けてくれた。
俺が盗んだものを考えれば、王が俺を地の果てまで追いかけようとしてもおかしくはない。貴族として生まれ、何不自由なく暮らせるはずだった俺だが、それを自分で許さなかった。だから自分の正しいと思うことを密かに繰り返し、今回は最後の大計画を実行に移した。
失敗するかもしれない。後ろの軍艦に海の藻屑にされるか、またはその前にこの嵐で沈むか。だが舵輪を握るこの手は離さない。何があろうとやり遂げる。
ーー全部の帆を張りなさい。
不意に、女の声が聞こえた。澄み切った声が、頭の中に。
ーー全部の帆を張って、風を捕まえなさい。貴方は私たちが守る。
その瞬間だった。渦巻いていた風が不意に、追い風へと変わったのだ。フォアマストのトップセルが膨らみ、船が速度を上げる。
何かを感じた。俺を見守る、何かの存在を。そして背中に受ける風に、勇気と希望を感じた。
「総帆展帆! 最大船速!」
嵐の中で全ての帆を張るなど、本来なら自ら地獄へ突っ込むような愚行。強風の中では帆を畳めないので減速できないし、速度が乗りすぎて舵が動かなくなる。下手をすればマストがへし折られる。
しかし船員たちは俺の命令を躊躇なく実行に移した。皆も俺と同じ希望を感じたのだろうか。海の男たちは風に耐えながら懸命に帆柱を登っていく。
「ゲルンスル、ロイヤルスル! スタンも張れ!」
畳まれていた帆が続々と降り、張られた帆布はしっかりと風を掴み、船首が波を切り裂く。
風が味方についた。元々速い船だ、追跡者たちをどんどん引き離していく。皆が歓声を上げた。
差が開いていくのを見て、追っ手の船も同じように全ての帆を張り始めた。奴らも必死だ。だがそのとき、信じられないことが起きた。六隻の追っ手の只中に、巨大な柱が現れたのである。
「竜巻だ!」
「何だあのデカさは!?」
船員たちがざわめく。経験豊富な船乗り……好きでなったのではなく、ほとんどが奴隷だが……である彼らでさえ、このような巨大な竜巻は初めて見たのであろう。それは六隻のブリガンティン船をたちまち巻き込み、帆柱をへし折り、互いに衝突させた。帆布が木の葉のように吹き飛んでいく。すでに距離が開いているため見えないが、恐らくは人も吹き飛ばされている。
そんな惨状を背に、エル・ヴァリエンテ号は順風満帆で嵐を抜けて行った。天佑としか言えないほど都合よく。
……目的地の海岸近くに投錨したときには、夕日が空を茜色に染めて、すっかり風も凪いでいた。ボートで乗船者たちを砂浜まで送った。奴隷の船員たちと、船倉の中に詰め込んできた男女たちだ。
「船長、本当にありがとうございます!」
「本当に……このご恩は一生忘れません!」
涙を流しお礼を言ってくれるのは、綺麗な身なりの美女と見すぼらしい服の青年。我が祖国の王女と、彼女とはあまりにも身分の差がある恋人だった。他の『乗客』たちも大体そうだ。身分の差、または何らかのしがらみによって愛し合うことを許されなかった者たちを、まとめて国から脱出させる。そういう計画だ。
そしてその中には俺の親友と……俺の婚約者も含まれている。
「アマロ様……何とお礼を言ったらい
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録