夜半、突然鳴り響いた半鐘に布団から飛び起きる。丁度ナナカと一回戦終えたばかりだった。聞きなれない鐘の音に戸惑うナナカへ、一先ず着るものを放ってやる。
「ありゃ火事の合図だ。逃げられるようにしとけ」
いい雰囲気のところを邪魔されたというのはナナカも同じだろうが、こいつは聡明な女だ。すぐに頷いて服を着始める。
俺もふんどしを締めたところで、障子がスッと空いた。立っていたのはエコーだ。
「お二人さん、お楽しみだったみたいだけど、緊急事態だよ」
この女も魔物には違いない。俺たちが今何をやっていたのか察していて、尚且つそれを気にもしていないようだ。敵と聞いて思い浮かぶのは何か、決まっている。
「教団か?」
「そう。ギリギリでこっちのスパイが伝えてくれてね。とりあえず二人とも服を着て、一緒に来てよ」
「合点だ」
どんな事態になるか分からないので、第二種軍装ではなく飛行服を着る。拳銃にもクリップで弾を入れてホルスターに納める。ナナカも素早く身支度を整え、二人でエコーに着いて行った。
「教団は転送魔法で決死隊を送り込んできた。君を殺して、零観を破壊するために」
「転送魔法ってーと、俺がこっちへ来たのと同じやつか?」
あの海上に開いた穴へ飛び込んで瞬間移動した、あれを教団も使ったというのだろうか。そんなことができるなら敵の首都に大規模兵力を直接送り込むとか、もっと大胆な作戦をやりそうなものだが。
「理屈は同じ、一方通行の転送魔法だね。大人数を転送する魔法は条件が厳しくてほぼ無理だから、少数精鋭で勇者を送ってきたんだ」
一方通行。その言葉を聞いて真っ先に二文字の単語が思い浮かんだ。
「レスカティエがあっさり陥落して、教団には勇者はもう当てにならないと考えてる奴らも多い。だから使い捨てでいいか、って開き直る指揮官もいるわけさ。まったく、敗因は別のところにあるってのにね」
……教団はどうやら、我が祖国と同じ道に入ってるようだ。
エコーの他、先日出会った角井秀重という侍とその部下も合流し、海の方へ逃げる。途中で甲冑を来た兵の一団とすれ違い、逆方向で鬨の声も聞こえた。すでに決死隊との戦いが始まっているようだ。
駆けて行く兵士たちは皆、年若い少女たちだった。尾を二、三本生やした狐の妖怪だ。その表情には若干の不安が見えたが、槍を手に足軽具足を着込み、しっかりとした足取りで仲間についていく。
「こっちから転送魔法を用意するには時間がかかるから、君は先に港から飛び立って空で待機して。教団は地上で君と飛行機を始末するつもりみたいだし、ヴァルキリーは来てないようだからね」
服に巻きつけた鎖をジャラジャラと鳴らしながら、エコーは俺たちの前を走る。彼女の説明を聞き、ふと心に靄が広がった。要するに、俺と零観が標的だから逃げろということだ。
「だが、ここの連中に迷惑かけておいて逃げるってのは……」
「心配なさるな。貴殿は奥様を守ることを考えられよ」
そう言う角井さんは甲冑を着ておらず、外から見える防具は鉢金くらいだったが、すでに臨戦態勢といった雰囲気だ。腰に差した刀は大小共に装飾のほとんどない、いかにも実戦用の拵えだ。ルージュ・シティで会った怪僧ヅギと一緒にしていいか分からないが、この男も普通の人間ではあるまい。敵の『勇者』という連中がそうであるように。
先ほどすれ違った狐の少女たちとて、妖怪である以上俺より遥かに強いはずだ。そういう奴らに後ろを任せて、俺はナナカと自分の身を守ることに全力を注ぐのが、確かに正解なのかもしれない。
だが、それで良いのか?
言い伝えで聞いただけの化け物が闊歩し、魔法だの呪いだのが当たり前に存在している世界へ来て、その中で暮らして、ふと視線を感じるようになったのだ。死んでいった戦友たちからの視線を。
あいつらは靖国には行かず、俺をじっと見ているのではないか。俺がまだ生きて、飛行機に乗っているから。彼らのように立派に戦死するでもなく、焼け野原になった祖国を生き返らせるために働くでもなく、未知の世界で女房を持って生きていくことになったから。自分たちの死に意味があったのか、それを俺に問いかけているのではないか。
今も、あいつらの声が聴こえてくる。生きていてもきっと同じことを言われるだろう。
ーー順さん。あんたが飛行機乗りになったのは、女子供に戦わせて逃げ回るためなのか?
「見つけたァァ!」
突如雄叫びが響き、弾かれたように振り向く。屋根の上を伝ってくる男が目に入った。月明かりで見えるのは金髪に洋式の鎧、明らかにこの国の人間ではない。そいつが俺を見据え、槍を振りかぶって跳躍したのだ。
頭が状況を把握しきる前に体が動いた。俺には魔力だのなんだのは無くても、鍛え
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