前編

 木造の家屋が並ぶ村の中、子供たちの声が響く。『キモノ』と呼ばれる民族衣装を着た子供達は風車などの玩具を手に、笑いながら道を駆けていく。先頭にいる男の子は人間だが、その後についていく少女は青い肌をし、額に尖った角が二本生えていた。このジパング固有のオーガの亜種だ。
 近くの家では農民たちが、鮮やかに咲いたキクを囲んであれこれ話している。これなら隣村には負けない、などと言っている辺り、近々品評会のようなものがあるらしい。その輪の中にもやはりオーガ系の魔物たちが混ざっているあたり、この国はやはり魔境だ。


「ふぅん。じゃあ色々な国を旅して、珍しい植物を探してるんだ?」
「綺麗なお花とか、美味しい果物とか、たくさん見つけたのですか?」

 案内を頼んだ村娘たちは興味深げに僕を見ている。歳はよく分からないが、僕より何歳か若いだろう。艶やかな長い黒髪、ジパング人としては色白の肌、くりくりとした目と赤い瞳、全てが瓜二つの双子だ。着ているキモノも同じ、暗い赤の生地。髪に飾った花まで同じだ。
 だが見分けはつく。顔はそっくりで二人とも美しく、背丈も同じだ。しかし人間というのはやはり、見た目だけで決まるものでは無いのだろう。口調だけでなく、仕草や目線の動きなどが個々の雰囲気を生み、それでどちらがどちらか判る。

「僕は園芸が専門ですので、主に花ですね。知り合いには薬草専門や、穀物専門の人もいます」
「へーぇ、学者さんにもいろいろあるんだね」
「異国にも植物がお好きな方は多いのですね」

 活発なユイさんと、慎ましやかなヨミさん。二人とも好奇心旺盛で、僕の仕事に興味を持ってか、喜んで案内を引き受けてくれた。どこから来たかは偽っていても、職業は隠す必要の無いものだ。僕の目的は諜報や偵察ではなく、単に珍しい観賞用植物を探すためのプラントハントなのだから。

「でも……怖くはないですか?」

 ヨミさんが心配そうに尋ねてきた。

「お国を遠く離れて、知らない土地へ来て……」
「ヨミちゃん、先生は勇敢なんだよ!」

 そうでしょ、とこちらを見るユイさんに、ふと苦笑する。祖国でも皮肉を込めて『勇敢』と言われたことはあるが、彼女は純粋にそう思っているのだろう。確かにある意味では勇敢なのかもしれないが、以前友人に言われた「バカと紙一重の勇気」という評価が一番正しいと、自分では思っている。

「怖くもなります。けれどそこで未知の植物を見つけることを考えると、不思議と勇気が湧いてくるんです」

 例えそこが、この国のような魔境であっても。

「それに、人と花の関わりも。……この国の方々からは、学ぶことが多いです」

 先住民たちが『日の国』と称するこのジパングは、古くから魔物と共存してきたという。中には主神教団に近い思想を持つ地域もあるようだが、我々からすれば総じて魔境で、教団からは敵地と見なされている。だから僕も、親魔物領の人間と偽って渡航した。

 しかしここは本当に、蛮族の国なのだろうか。僕にはとてもそうとは思えない。
 園芸は高貴者たちの趣味、という固定概念がここへ来て打ち砕かれた。ジパングの人々には花を愛でる精神が貴賎を問わず根付いているのだ。無論、生きる糧である穀物や野菜の方が優先度は高いが、庶民でさえアサガオやキクといった花を育て楽しんでいる。

 サムライと呼ばれる戦士たちとも会った。彼らの死生観は独特で理解に苦しむが、そんな僕に彼らはツバキの花を指し示して語った。「ツバキは花弁が一枚ずつ散ることなく、潔く花が落ちる。それが武士の精神だ」と。それで完全に理解できたとは言えないが、花に戦士としての生死の美しさを学ぶ彼らの理念は心に強く響いた。

「……本当に、お花が好きなんですね」
「あたしたちと同じだね!」

 ユイさんが嬉しそうに手を握ってくる。すべすべとした肌に触れ、一瞬胸が高鳴る。そしてヨミさんもそっと、空いた左手を握った。僕の女性経験が少ないのもあるが、彼女たちのエキゾチックな黒髪と風貌がそうさせる。髪に飾られた、艶やかな花も。

「ええと、その花が咲いているところは、遠いのでしたっけ?」

 一人緊張しているのが恥ずかしく、話題を変える。そもそもこの二人に道案内してもらうことになったのは、その髪に飾っているユリについて尋ねたからだ。

「村外れですけど、大して歩かないですよ」
「この鬼百合、そんなに珍しいの?」
「ええ。私の国では小さな白いユリしかなかったので」

 普通なら教団国家の人間が立ち入れないだけあって、ジパングには見たことのないユリがいくつかあった。私の知っているものより遥かに大きく豪華なヤマユリ、華やかなピンク色を帯びたカノコユリという種も見つけた。
 二人がオニユリと呼ぶそのユリも、何とも色鮮やかで艶やかだ。花弁はオレン
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