石像館。
それはどこにも無いが、どこにでも現れる。
幸か不幸かこの美術館を見つけた者は、世にも美しい悪魔像の数々を見ることができるという。
像に触れようと、像を持ち帰って売ろうと、咎める者はいない。
そればかりか像を壊したとしても、少し目を離せば元の姿に戻っているという。
いつまで居ようと、いつ帰ろうと自由。
ただし、この美術館にも二つだけルールがある。守ることが著しく困難なルールが。
帰るつもりがあるのなら、特定の石像を『気に入って』はならない。
帰るつもりがあるのなら、石像に『気に入られて』はならない。
少年が謎の美術館を見つけたのは、街中を逃げ回っているときだった。親に捨てられ、盗賊団に拾われてスリや窃盗を仕込まれた彼はその指先と逃げ足で生き延びてきた。しかし人から物を奪って生きる者は、いつか何かを奪われることになる。追ってきたのが役人ならまだ良かったが、敵対関係にある別の盗賊たちに見つかったのだ。
命を奪われかけた少年は必死に逃げ、やがて見覚えの無い立派な館に行き当たった。神殿風の石柱、ただ『石像館』とだけ書かれた看板……このような建物は街に無かったはず。
追っ手の足音が迫る中、少年は苦し紛れにそのドアを開け、中に飛び込んだ。
「あ……!」
背後でドアの閉まる音を聞きながら、少年は息を飲んだ。大理石の壁、赤い絨毯。その上に並ぶ、数多くの美麗な石像。台座の上で様々なポーズを取りながら、いずれも静かに佇んでいる。
ここは美術館なのだと察した少年だが、同時にその異様さに困惑していた。
数え切れないほど多くの石像が並んでいるが、それらには一見しただけで分かる共通点がいくつかあった。まず全てが女性の像であるということ。年齢も体つきも様々ながら、皆見た目麗しき美女、美少女を象っている。二つ目は石像の足と台座を繋ぐ、金の鎖。
そして三つ目が、どの女性の像も人間のそれではないということ。
頭には湾曲した角、背中には蝙蝠のそれに似た翼。臀部には先の尖った尻尾。尖った耳。いずれも教団の謳う『悪魔』の特徴であった。
だが少年が戸惑っていたのは、石像の見た目ではない。それらの石像たちが、自分に視線を向けているように感じたのだ。
しかし子供ながら修羅場を潜ってきた身である。追っ手が館に入ってくるかもしれないということを思い出し、隠れる場所を探した。立ち並ぶ石像の奥に扉を見つけ、駆け出す。とにかくホールに止まっているよりは良いと思ったのだ。
プレートに『戦士の間』と彫られたドアを開けると、その部屋もまた展示室だった。中に人間は誰もおらず、石像だけが鎮座している。
内側からドアを施錠し、ホッと一息つく。だがこの展示室の石像たちもまた、ホールのと同じ異様な存在だった。『戦士の間』というテーマの通り、剣や槍、斧を持った女性たちの像である。ただし、悪魔の。
台座には金属のプレートが打ち付けられ、『勇敢な女騎士イリア』、『孤高の女海賊メジャーナ』と言ったタイトルが刻まれている。盗賊団の先輩から読み書きを教わっていたため、少年は孤児には珍しくある程度字を読むことができた。しかしそれらには目を止めず、ひたすら石像の姿に見入った。
少年の鼓動は徐々に高まっていった。鎧を身につけた姿で彫られた石像もあるが、全裸で武器を構えた姿の像も多かったのだ。美術の知識があるわけでなくても、その官能的な美しさは心と体に伝わってくる。白や灰色の石の肌は滑らかに成型され、石とは思えないほど柔らかな質感に見える。大きな乳房は今にもたゆんと揺れ動きそうだ。角や爪、翼といった恐ろしげなパーツすら、女体の美しさを引き立てるものでしかなかった。
ゆっくりと部屋の中をうろつき、やがて足を止める。とある石像と目が合ったような気がしたのだ。
『荒ぶる女戦士オリガ』。プレートにそう刻まれた石像は190cmはあろうかという、長身の裸像だった。槍を片手に仁王立ちし、しなやかに鍛えられた体を恥ずかしげもなく晒している。豊満な丸い乳房、すぼまった臍、股間にある割れ目……そして目の大きな、勝気な笑顔。白い石にも関わらず、血が通っているかのような出来だった。ウェーブのかかった長い髪は、風が吹けば靡きそうなほどだ。
吸い寄せられるかのように、少年は石像へ歩み寄った。このような気持ちは初めてだった。否、心の中に眠っていた思いが呼び起こされたのだ。
強く、美しく、大きな女性。たくましく、それでいて包容力を感じさせる豊かな胸と眼差し。
「オリガ……さん」
名前を呼んでみる。石像は答えない。だが赤ん坊の頃親に捨てられてから、ずっと心に残っていた欲求が増幅していく。
甘えてみたい、と。
「オリガさんっ」
台座の上に駆け上がり
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