「空戦となると零観の長所は小回りが効くことだけでしたから、一番怖いのはグラマン戦闘機でしたね。F4FもF6Fも」
「ふむ。割と小回りが効くからな」
「ええ、F4UやP-38は速度一辺倒ですから。墜とすのは難しいですが、俺くらいの腕なら攻撃を避けられますし……」
……二人の会話に混じって、パチパチと乾いた音が部屋に響く。ジパングの伝統的な遊びで、楔形の駒を使うチェスのようなボードゲームだ。ジュンは自分の故郷のものと全く同じだと不思議がり、また喜んでもいた。
私はそういうゲームが苦手だから、ジュンはヴェルナーさんと一緒に遊んでいる。ヴェルナーさんはチェスが得意みたいで、やり方を教わりながら楽しんでいる。
「ですが結局のところ、下駄履きの複葉機に自衛以上の空戦を望むのは……と、中尉。歩を縦に二枚置くのは反則ですよ」
「おっと。ならこっちだ」
二人はとても楽しそう。私はジュンの隣にいればそれだけで楽しい。
ただ、一つだけ欲求不満が募っていた。黒垣藩へ避難してからもう二週間経った。綺麗な着物を買ってもらって、着飾る楽しさを知った。ジュンと心が通じ合って、体を重ねて、私も『特別』になれるのだと実感できた。
毎日楽しい思い出が増えて行く。でも二週間の間、私はずっと鍛冶屋の仕事をしていない。
ジュンとは最初にしてから何度もセックスしている。というか、毎晩。時々、朝にも。あと昼にも。その度に幸せで一杯な気持ちになったけれど、その幸福に溺れて鍛冶をする気が無くなってしまわないか心配だった。
しかし二週間経ってみて分かったのは、大好きなジュンと一緒にいたいという欲求と、職人の腕を磨きたいという欲求は別のものだということ。
仕事をしたい。上を目指したい。もっと良い道具を作れるようになりたい。
その欲求が抑えられなくなってきた。
「……ジュン、ちょっと散歩してくる」
「おう、気をつけてな」
黒垣藩が比較的安全な土地だと分かっているから、ジュンは心配しないで送り出してくれる。普段気晴らしというのはあまりしないのだけれど、こういうときは一先ず体を動かしたい。
宿屋から出て、町の雑踏の中を歩く。足袋に雪駄という履物にも少しは慣れてきた。木造の家が密集しているため、人通りの多さに対して道はあまり広くない。ジュンが『棒手振り』と呼んだ行商人も行き交って、野菜や魚、時には金魚なんかを売っている。前に私たちが乗ったような駕籠屋も通った。
活気のある町。魔物と人間が共存する町。それはルージュ・シティと変わらないけど、空気の匂いが何か違っていた。
往来は暑いけれど、たまに雪女という魔物とすれ違い、涼感を得ることができた。同じ青い肌の種族だからか、不思議と親近感が湧く。けれどあんな風に女らしく艶やかな立ち振る舞いができるのは、私たちと大きく違うところだ。目の数よりも大きな差かもしれない。
ふと、また青い肌の魔物が前を通った。でも今度は雪女じゃない。彼女たちには無い『ツノ』を持っている。
「あ……」
私が思わず声を出すと、相手も振り返る。目があった。お互いに、一つの目が。
「……こんにちは」
「こんにちは」
思いもかけず出会った同族と挨拶を交わす。私より少し年上と思われるそのサイクロプスは嬉しそうに微笑んだ。私たちは他の種族からは「表情に乏しい」と言われているけど、同じサイクロプス同士なら瞳の奥に見える光で感情が分かる。
「わたしはカーラ。貴女は?」
「ナナカ。家系はミカヅキワシ」
「じゃあ、親戚だね」
サイクロプスはそれほど数が多くない。始祖たちが天界から追放された後、いくつかの家系に別れて世界に散ったとされる。あまり集団になることはないけど、同族は大事な仲間だと思っている。
「どこから来たの?」
「ルージュ・シティ」
「ああ、行ったことあるよ。色々な人や物が集まってた」
彼女……カーラさんの口調は滑らかで、私より話すのは得意そうだ。来ているのは濃い緑色、ちょうど零観の塗装に近い色の着物だった。どことなく私より着慣れている感じがして、ジパング暮らしが長いことが窺える。
「時間があればだけど、わたしの工房でゆっくり話さない? 久しぶりに親戚に会えたから」
「……うん」
嬉しい巡り合わせだ。ジパングに工房を持っている同族と出会えるなんて。武器は作らないけど、ジパング刀の製法には前から興味あったし、調べてみてもいた。この土地で彼女がどんなものを作っているのか知りたいし、色々意見を聞きたい。
工房は少し遠いようなので、一度宿に戻ってジュンに断りを入れた。女同士水入らずで楽しんでこい、と言われた。なんだか女扱いされるのにはまだ慣れない。もっともそれは私自身が、自分に女としての価値はないと思い込
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