ちびっ子リリム レミィナ

 一人の少女が、街の中を歩いていた。背は低く、あどけない顔立ちながらも露出の多い衣装に身を包み、白磁のような肌が黒い衣装によく映えていた。深紅の瞳と、やはり真っ白の髪を日傘の下に隠し、腰からのびる蝙蝠のような翼を揺らしながら、微笑みを浮かべている。

 道行く人の全てが、彼女に挨拶をする。砂糖菓子を差し出すホルスタウロス、飲み物を勧める飲食店の店主もいる。それらの一つ一つに柔らかな笑顔で答えながら、彼女は歩みを勧めた。


 辿り着いた先は、美味しいお菓子の店でも、楽しい玩具の店でもない。古びた、小さな時計屋だった。
 看板には《ヘンシェル時計工房》と書かれており、レンガの劣化具合などから老舗であることが分かる。

 少女は白い手で、年季の入ったドアを開ける。蝶番が微かに軋む音を聞きながら、店の中に入って行った。
 店内の壁にはありとあらゆる時計がかけられ、懐中時計が置かれたテーブルもある。シンプルな物から貴金属を使った装飾の施された物、多数の機能を搭載した物と、マニアでなくても見ていて飽きない光景だ。秒針が時を刻む微かな音だけが響く空間を、少女は軽い足取りで歩いていく。

「おはよう、おじいさん」
「……ああ、レミィナ姫か」

 彼女が朗らかに声をかけたのは、店の奥で作業机に向かっている、一人の老人だった。懐中時計を組み立てているようで、老眼鏡の向こうに見える瞳は真剣そのものだった。
 少女……レミィナは軽く背伸びして、その仕事の様子を覗き見る。細かい歯車が組み合わさり、小さな容器に収まっていく。

「お手入れ?」
「ああ、騎士長の時計だ」

 手を止めずに、老人は答えた。
 機械式時計は使っているうちに、部品に塗られたオイルが揮発する他、歯車などの摩耗や汚れの蓄積が起きる。そのため三、四年に一度はプロの時計職人の元へメンテナンスに出す必要があるのだ。費用はかかるが、一流の職人が作った時計なら、故障する前にオーバーホールすることにより、半永久的に時を刻み続けることができるという。

 そしてこのヘンシェル老人こそ、この国で一番と呼ばれる時計職人だった。彼の作る時計は「血が通っている」と評されるほどで、この国出身の勇者は必ずヘンシェル工房の懐中時計を持って魔王討伐に向かったという。この国が魔王の領土となった今では、ヴァンパイアやバフォメットのような高位の魔物からも注文が殺到している。
 しかし同時に、彼は偏屈で知られる男でもあった。気に入らない仕事は相手が誰であっても断り、特に魔物の客に対しては少々厳しく当たる。そのせいで若者たちの間では「時代遅れ」だの「教団のデマから抜け出せていないのでは」などと、陰口を叩かれているらしい。

 魔王の幼き娘・レミィナは、そんなヘンシェル老人の元へよく遊びに来ていた。

「王女の一人ともあろう者が護衛もつけずに、一人で遊びに来ていいのかね?」
「わたし、強いもの」
「今頃、騎士長が心配しておるぞ?」

 時計の組み立てを終え、ゼンマイを巻きながら老人は言った。キリキリという小気味良い音が鳴る。

「へいき。騎士長はおじいさんのことをいつもほめてるから、お爺さんのところへ遊びにいくなら大丈夫。お爺さんも、騎士長のことはきらいじゃないんでしょ?」
「まあ、あれだけの騎士道の持ち主はそうはいまい」

 ヘンシェル老人とて、全ての魔物が嫌いなわけではない。例えばこの町の魔王軍騎士長を務めるデュラハンに対しては、彼女の騎士道精神を知って以来親しくしている。他にも真に貴族の誇りを持つヴァンパイアや、自分と同じく技術に生きるサイクロプスなど、仲の良い魔物も多い。ただ『性交のことしか考えないような奴に時計の価値は分かるまい』という、強すぎる職人魂があるのだ。彼の弟子たちが魔物に魅了され、時計師を辞めてしまったことも原因だろう。だがかえってその偏屈なところを好む魔物もおり、それらがこの店の常連となっている。孫のように遊びに来るレミィナもある意味、その一人と言えるかもしれない。

 ヘンシェル老人は時計を眺め、満足げに頷いた。

「……騎士長に、オーバーホールは終わったと伝えてもらいたい」
「ええ、わかったわ」


 そのとき、店のドアが開かれる。レミィナが振り向くと、そこにいたのは眼鏡をかけた温厚そうな青年と、小さなドワーフ。彼らは店に入り、レミィナを見て一礼する。

「やあレミィナ姫、いらっしゃいませ」
「こんにちは。クラウゼさん、カトレさん」

 レミィナが青年に挨拶を返す。彼はヘンシェル老人の一番弟子であり、名をクラウゼという。その仕事熱心さは町でも評判であり、最近はヘンシェル老人だけでなく、彼の作る時計も高く評価されている。
 伴っているドワーフのカトレは金属加工の名人で、よくヘンシェル老人から部品の
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33