黄昏ファームでおいしいミルクを

 目が覚めたとき、そこは僕の部屋ではなかった。
 ふかふかとしたベッドから起き上がり、周りを見回す。ログハウスだ。木の良い匂いがする。

 僕がいるのはどうやら二階のようで、屋根の木は三角に組まれ、部屋の隅には下へ続く階段があった。部屋には机と椅子、大きな寝心地の良いベッドがあるだけ。窓はあるが、その外の光景も見覚えがない。茜色の空の下に、どこまでも広がる草原。所々に点在している木々。

 知らない所なのに、何処か懐かしさを感じる。ここにいることが無性に落ち着くというか、良い気分になってくる。

 ふっと、階段の下からコトコトと音がすることに気づいた。同時に鼻歌も聞こえてくる。女の子の声だ。しばらくそれにぼんやりと耳を傾けていると、やがて階段を誰かが上がってきた。足音が近づいてくる。それと同時に、食欲を唆る香ばしい匂いも。

「……あ、おにーさん起きてた」

 顔を出した女の子が、僕に向けて微笑んだ。

「おはよう。って言っても、夕方だけどねー」

 くすっと笑いながら、彼女は持ってきたお盆を机の上に置いた。湯気を立てるピザが二皿。白いチーズの下にトマトの赤みが見え、緑のバジルとオリーブが散らされている。大変に食欲を唆る匂いだが、それよりも目を引くのは彼女の出で立ちだった。長い緑のスカートに白いシャツ、黒のエプロンと派手な服装ではない。ポニーテールに結った白い髪と、少しそばかすの散った顔にくりくりとした大きな目は垢抜けない感じもするが、愛らしく親しみやすそうな印象だった。
 だが薄い服をこんもりと盛り上げている大きな胸が嫌でも目を引く。階段を登りきったときに「ゆさっ」と揺れたほどだ。それに加え、頭とお尻から出ているものは何とも奇妙だった。

 三日月型の角と毛に覆われた耳。そして細長く、先端に毛の集まった尻尾。
 牛のそれだった。

 不思議そうに見ている僕の態度が面白かったのか、彼女はくすっと笑った。

「ボクはナターニャ。おにーさんのお世話をするから、よろしくね」

 屈託の無い笑顔だった。お世話とは何なんなのか、そもそも彼女は何者なのか、さっぱり分からない。だが机の上に置かれたピザを見ると、何とも空腹感が湧き上がってきた。そういえば、最後にまともな食事を食べたのはいつだったか。ずっと適当なもので済ませてきたような気がする。

「ほら、ちょっと早いけど晩ご飯作ったの。一緒に食べよ?」

 ナターニャは椅子を引いて勧めてくる。コトコトという足音に視線を落としてみると、スカートの裾からは黒い蹄が覗いていた。
 促されるがままに座ろうとして、初めて自分のことに気づいた。僕は服を何一つ着ておらず、素っ裸だったのだ。女の子の……それもこんな、綺麗な子の前で。

「あははっ。恥ずかしがらなくて大丈夫だよー。座って座って」

 反射的に前を隠した僕に、ナターニャは平然とそう言った。着席してしまった方が机で下半身を隠せると思い、おずおずと腰掛ける。全裸の僕の目の前には熱いピザに、フォークとナイフ。そして反対側に、牛の角を持つ少女。不思議な食卓が出来上がった。

「ほらほら、冷めないうちに食べようよー。ボクのピザ美味しいんだから。恥ずかしさなんて吹っ飛んじゃうよ」

 笑顔で促しながら、自分の分のピザをナイフで切る。本場ではこうやって一人一枚ずつ食べるものだと聞いた気がする。
 チーズのまろやかな香りとバジル、そしてこんがりと焼けた生地の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。空腹感がムクムクと肥大し、食欲が極限まで高まった。たまらずナイフとフォークを手に取り、ピザを一口大に切り取った。弾力のあるチーズが糸を引く。

 ナイフで折りたたみ、フォークをぐっと刺して口へ運ぶ。こんがり焼けた小麦粉の香ばしさが広がった。そして噛み締めると、チーズの旨味が口いっぱいに溢れ出す。どちらかというと淡白でミルキーな味で、それが熱々のトマトの酸味ともよく合っている。それにバジルの風味が爽やかだった。
 膨らんだ生地の端ももっちりとして柔らかい。オリーブオイルと一緒に滲み出る旨味を噛み締め、飲み下して、また食べる。量は多いのに飽きのこない味だ。

「美味しい?」
「うん、凄く」

 正直な感想が、すっと口から出た。ナターニャも自分の分を頬張りながら嬉しそうに微笑む。とても可愛い。

「よかった。ボク、お料理は得意なんだ。まあここの子たちはみんな上手だけどねー」

 彼女の態度はどこまでも朗らかだった。一緒にピザを食べ、空腹感を満たしていくに連れ、状況への疑問が再び湧いてきた。いつ、どこで、誰と、何故、ほぼ全てが不明なのだから。

「ここはどこ?」
「あ、黄昏ファームだよ」

 自分のピザを飲み下し、ナターニャはさらりと答える。場所の名前は分かっても、一切聞いたことのない所
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