闇。
ただどこまでも、闇。
月明かりすらない暗闇の中で、僕は自分が生きていることを知った。胸に刺さった矢の痛みは消えて、ベッドに寝かされていた。野戦病院のベッドにしては妙に柔らかく、良い匂いがする。
起き上がろうとしたが、できなかった。両手足をベッドに縛られていたのだ。何が起きているのか理解しようとしても、思考が状況に追いつかない。袖に仕込んだ極小のナイフで拘束を解けないかと思ったが、すぐに無理だと分かった。
僕は裸にされていたのである。
「……あ……目、覚めたのですね」
懐かしい声が、耳元で囁かれた。
「暴れないでくださいね。柔らかいロープですけど、お肌を痛めてしまうといけませんから……」
聞こえる声はどこか艶やかだけど、間違いなく彼女のものだ。ずっと忘れたことのない、僕の大事な人の。
「……トウィーデ、そこにいるんだね?」
「はい、フェリクス様」
暗くて姿ははっきり見えないけど、彼女は僕のすぐ側にいる。
ふいに、柔らかな温もりを肌に感じた。隣からぎゅっと抱きつかれている。ずっと野戦の只中にいたから、清潔な女の子の匂いを嗅ぐのも久しぶりだった。しかも、彼女のなんて。
「ずっと……お会いしたかった、です……!」
絞り出すような涙声。抱きつく腕に力が籠もった。子供の頃一度だけ抱きつかれた、あのときよりもっと強い力。熱い吐息が耳にかかる。
「僕もだよ」
嘘偽らざる本心を告げた。いつも諦めたふりをして、自分を騙そうとしていたけど、結局できなかった。どうか生きていてくれ……そう念じて戦い続けてきた。
敵味方での再会だなんて思ってもみなかった。でも彼女は生きていて、今僕の側にいてくれる。それだけで十分、僕の戦いは報われた。
「大旦那様は……とても、勇敢で……ございました……!」
「うん」
僕に寄りすがるようにして、トウィーデは泣いていた。今までずっと我慢してきたのかもしれない。
だが僕は気づいていた。彼女は僕の知っているトウィーデだけど、同時にあの頃のままのトウィーデではないのだと。抱きついてくる腕の感触は人間やエルフのそれとは異なっている。少なくともすべすべとした肌ではないし、長袖を着ているわけでもない。
そして手にはおそらく、鉤爪がついている。
「……トウィーデ。僕の部下たちはどうしたの?」
「……みんな、無事です。フェリクス様と同じように、捕虜になっています。怖い思いも、痛い思いもしていません。ちゃんと生きています」
涙声でも、彼女ははっきりと答えてくれた。
「だから、フェリクス様も……もう誰も殺さなくて、いいんです」
その言葉を聞いて、重い枷が一つ外れたような気がした。
魔物は人間を生け捕りにする武器を使う、という話を聞いたことがある。彼女が僕に打ち込んだ矢もそうだったのだろう。なら部下たちも本当に生きているはずだ。
虜囚となった後どう扱われるか、これから知ることになる。
「僕はどうなるの?」
答えはすぐには帰ってこなかった。ただ彼女が一度僕から離れて、涙を拭ったのがなんとなく分かった。
再び顔が、吐息が耳元に近づく。耳の穴を刺激する息がくすぐったい。
「ッ……!?」
ちゅるり。突然耳を舐められた。滑った舌の感触に体が震える。しかし決して不快ではない、むしろ不思議な快感があった。
一転して、くすくすと笑い声が聞こえる。愉快そうな、悪戯っぽい、やっぱりどこか艶やかな声が。
「どう、しちゃいましょうか?」
心臓が大きく脈打った。何か劣情を誘うような、妖しげな響きがその声にはあった。
再び、耳を這う舌の感触。耳たぶから穴の付近まで丹念に舐められ、口に含んで甘噛みされる。優しく当たる歯と唇の感触が奇妙に気持ちよかった。唾液がいやらしい音を立てて、体がぞくぞくしてくる。
トウィーデはしばらくそのまま、僕の耳に奇妙な奉仕を続けた。丁寧に甘噛みし、息を吹きかけてはくすくすと笑う。そのくすぐったさに声が出そうになるのを辛うじて我慢していた。片側をひとしきり舐めると、反対側にも同じように舐めしゃぶってくる。
その舌の動きと吐息には何か、性的な魅力があった。清楚で内気だった彼女からは考えられない。にも関わらず、そんな仕草にも彼女が間違いなくトウィーデであると分かるような、何かがあった。彼女はどうなっていて、僕はどうなるのか?
だがそれよりも、別の疑問がふと湧いた。
「……トウィーデ、どんな格好してるの?」
「……分かってるはずですよ?」
一層、しっかりと体を寄せられる。汗ばんだ柔らかなものが、僕の胸に当てられていた。むにゅっとした膨らみが。
再び、体を舐められる。今度は耳ではない。腕、胸、脇腹、脚、あちこちを少しずつ舐められ
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