ルージュ街 天文台の賢者

 師匠と出会ったのは、魔法学校の裏庭で星を見ていたときだ。星占術を専攻していた僕はいつもそうやって自主練習を繰り返していた。出来は良い方だったと思う。だがそのときは心中に抱えた悩みのせいか、どうにも星から読み取る未来に不安があった。
 ふと見上げた視線を下ろしたとき、同じように空を見上げる女性に気づいた。僕より少し年上の、外套姿の女性だ。ふんわりとした鳶色の髪が特徴的で、羽織っている緑の外套は学校のものではなかった。

「許可は取っているよ」

 部外者は立ち入り禁止だと声をかけようとしたら、先にそう言われた。星の見方を見れば星占術師であることはすぐに分かる。教員に何らかの伝手があるのだろうと、そのときは思った。

「君はここの学生だね?」
「はい。天文魔道、主に星占術を学んでいます」

 答えた直後、胸が大きく高鳴った。整った顔立ちだとは思っていた。しかし彼女が星空から視線を下ろし、じっと僕を見据えた瞬間、その瞳の輝きに射竦められた。金色の大きな瞳には強い、美しい光が宿り、夜空の下でもはっきりと分かる美しさを持っていたのである。

「こういう静かな場所の方が集中できる。街の中は騒がしい」
「……祭典の準備で盛り上がっていますからね」

 穏やかな声と同時に微笑みかけられ、当たり障りのない答えを返す。元々女性とあまり関わらなかった僕はかなら緊張していたと思う。それだけ彼女の瞳は美しく、そして妖しい光を秘めていたのだ。

「大聖者祭か。ここの生徒からも職員を募っているそうだね」
「ええ、僕も……志願しています」
「ほう。どのような役割を与えられているのかな?」

 その質問に思わず言い淀んだ。百年ぶりに開催される予定だった、レスカティエ大聖者祭。古代の殉教者たちを讃える盛大な祭典で、あのときはノースクリム司祭が中心になって企画されていた。今思えば単なる権力誇示に他ならないし、職員に学生を動員してコストを少しでも減らそうという意図も明らかだった。当時もそのことには薄々気づいていたが、それでも僕は志願し……割り振られた仕事には愕然としたのだ。

「……会場の警備員です」
「あまり星読みのやる仕事ではないね」

 尊大な口調で率直に評され、何とも言えない気持ちになった。学校の成績は優秀だったが、教団の上層部は実力よりも家柄で生徒を見る傾向がある。少なくとも当時のレスカティエ教国はそうだった。貴族出身の学生は多少出来が悪くても重要な仕事を任されていたのに、首席だった僕に回ってきたのは木っ端役人のような仕事。星占術は全く関係無いし、その上危険手当は無しだ。

「でも必要な仕事ですから。植民地の兵士や少数民族が結託して、祭典を襲撃するという噂もありますし……」
「それは祭典の資金を得るため、植民地で大幅に増税したことが原因ではないかな?」

 平然とした彼女の口調に、再び言葉が詰まる。誰もが心の中では思っていても、口に出せなかったことだ。当時のレスカティエで、下手をすれば王族並みの権力を持っていたノースクリム司祭への批判など、即刻粛清の対象となりかねない。僕が当時漠然と感じていた息苦しさの、一つの原因だ。
 しかも、彼女の言葉はそれで終わらなかった。

「ならそもそも大金のかかる祭りなど行わなければ襲撃を心配することもなかったはずだ。君は今回の大聖者祭、どのような意義があると思って志願したのかな?」
「……教師に説得されたんです。この祭典が行われるのは百年ぶりだし、それに関わるのは恐らく一生に一度の経験だから……と」

 そう言った途端、彼女は笑った。親しみによる笑顔ではなく、侮蔑的に鼻で笑ったのだ。

「鳥の羽毛よりもフワフワした理由だね。そんな言葉で人を動かそうとする者、動かされる者、私はどちらも軽蔑するよ」

 毒を孕んだ批判が、桃色の唇から突如飛び出した。

「私は先日、骨董屋でティーポットを見つけてね。二百年前の名匠・ライアーゼンの作った品だ。手に入れる機会はもう二度と無いと思ったから、有り金を叩いて買った。おかげで野宿をする羽目になったが、後悔はしていない」
「……それが祭典の話と、何の関係があるんですか?」
「君が私の立場だったら、ポットを買ったかな?」

 買わない。僕に骨董の趣味はないし、紅茶にもそれほど拘っていない。だから例え一生に一度の機会でも、宿代を犠牲にするほどの大金は出さないだろう。

「様々な経験をするのは大事だが、それに伴うリスクや不満を無視してはならない。その上でやる価値があるかは個人が判断することだ。『一生に一度の経験』だからと言って、それが大切かどうかという考えを他人に押し付けるべきではないし、押し付けられて流されるべきではない」

 彼女の言葉は僕に深々と突き刺さった。それまで教団の方針に不満を抱くこ
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