前編

 冬場、凍った階段で女の子が足を滑らせた。そのとき隣にいて、平均より上程度の反射神経があればどうするか?
 転ぶ寸前に手を差し伸べて止める。そりゃそうするだろう、何も間違ったことじゃない。だから俺もそうした。格闘技をやっていたから、咄嗟にそういうことをやるのは得意だ。

 だけど今回に限っては間違っていた。その女の子がケンタウロス種だったのだ。
 さすがに半人半馬の魔物が階段から転げていくのを止められる筋力はない。学校の剣道部にはデュラハンとガチバトルできるような猛者もいるにはいるが、俺は格闘技経験者とはいえそこまで極めているわけではなかった。かと言って、そこで握った手を離して見捨てることもできなかった。もしたまたま下にいたジャイアントアントたちが支えてくれなければ、俺はその子と一緒に転落していただろう。

 朝からバカをやってしまった。


「あ、あのっ!」

 そそくさと立ち去ろうとしたところ、ケンタウロスの女の子に呼び止められた。黒ずんだ紫色の、変わった体毛をした馬体だ。上半身は制服の上からコートを着て、ニット帽や毛糸の手袋もしているため、顔以外は露出していない。
 顔もマフラーを巻いているせいで目の周りしか見えないが、眼差しは何となくおっとりした雰囲気だ。その目で遠慮がちに俺を見つめ、コートのポケットをまさぐっている。

 取り出したのは折りたたまれた、藁半紙のチラシ。それをこちらへ突き出し、頭を下げてくる。

「ありがとうございましたっ! これ、その、よろしければ……!」

 反射的に受け取った後で、こんなに感謝されて良いのかとふと思った。そりゃ確かに彼女からすれば礼を言うのが筋かもしれないが、俺としては極めてかっこ悪い結末となってしまった。あまり頭下げられても正直困るというか……。
 しかしその子は俺がチラシを受け取った途端、校舎へ向けて駆け出していた。進路上を寒そうに歩いていたミューカストードの子が慌てて飛び退く。やたらとシャイな子のようだ。

 チラシは部活動の勧誘かと思ったが、よくよく考えてみればお礼にそんなものは渡さないだろう。開いてみると、見慣れない単語が目に飛び込んだ。

『癒し部
 活動内容・マッサージ、耳かき、アロマテラピー、音楽療法、お茶などなど。
 生徒皆さんの疲れを癒します。
 旧校舎にて活動中! お気軽にお越しください!』

 こんな部活があったのか? 今まで聞いたことがない。とはいえよく見たら福祉学科の先生(キキーモラ)の名前が顧問として載っているし、正式な部活ではあるようだ。
 もともとうちの学校は人魔物共学ということもあって、サバト部とか竜騎道部とか、マニアックな部活動も盛んだったりする。普通の学生ではできないことをやる奴らもいる。工業学科に至っては戦時中の戦車を修理して走れるようにしてしまった。今更変わった部活があったからと言って驚いたりはしない。

 あの子は多分、この『癒し部』とやらの部員なのだろう。そしてよかったら来てくださいという意味なのだろう。

 疲れ、か。

「……ふむ」

 せっかくもらったわけだし、行ってみてもいいか。確かに日々、疲れは感じているし。

 問題は、その原因が学校ではなく家にあることなんだが……。











 我が校の旧校舎にはいろいろと言い伝えはあるが、基本的にはごく普通の古い建物だ。一部に「KEEP OUT」のテープが張られているが、それ以外の箇所は生徒の集会や、人魔共学らしくヤリ部屋としてよく使われている。その中にはキキーモラやキャンサー、さらには精霊の生徒もいるため、掃除も空調も行き届いていた。
 チラシには旧校舎と書いてあるのみで、具体的な活動場所はなかった。だがまあ、アテはある。

 立ち入り禁止の箇所は別に危険だからそうなっているわけではない。ここに住み着いている連中もいて、勝手に自分たちの縄張りを主張しているだけだ。そういう連中に聞けば、ここで活動している謎の部についてもすぐ分かる。

「ああ、ンッ
hearts; 癒し部、でしょッ……!? あたしらもタマにっ、ああんッ
hearts; お世話になってるっ、んぅ
hearts; そのチラシ、ん、持って、二階辺りをうろついてれば、向こうから声かけてくるわよッ……はぁぁぁあ
hearts;」

 騎上位で腰を振りながら、アマゾネスの先輩が親切に教えてくれた。元々人に見られながらヤる習慣があるので、「KEEP OUT」のテープの向こうでセックスしながら、普通に外界の住人とも会話したりする。俺は礼を言った上で、他の魔物女子に捕まる前に退散した。

 言われた通り、旧校舎二階をぶらぶら歩いた。知り合いに出会ったりもしながら。
 それにしても正式な部活なのに、活動場所が不定とは。ここの住
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