文永十一年 鳥飼潟
手綱から手を離し、弓に矢を番える。空穂に残った矢は残り僅かだ。如何に勇猛果敢な侍でも、顔に焦りの表情が浮かぶ。味方はいずれも剛の者、鎌倉に幕府が建てられてこの方、日の本を守り続けてきた武士たちだ。
しかし攻めよせる異民族たちは、相手の戦の作法など気にしていなかった。武士の甲冑には遠く及ばない毛皮の服、短い弓。そんな集団が銅鑼や鐘の音に合わせ、まるで一つの生き物のように動いていた。一騎打ちを挑もうとする武士に矢の雨が降り注ぎ、未知の武器が空中で爆ぜる。同胞たちが次々と撃たれ、馬の断末魔が響き渡った。
だが彼の愛馬は火薬の音響にも怯まず、主人を支え、走り続けていた。お前だけが頼りだ……心の中で告げ、矢を放つ。一射必中、弦音が響くたびに敵兵が倒れ臥す。自分の母衣に敵の矢が刺さろうと、構いはしなかった。
元より死は恐れていない。問題は死に様なのだ。
矢が尽き果て、最早これまでだと悟る。弓を放り出し、天神差しにした太刀を抜いた。
しかしそのとき、敵兵の一人が投げた陶器の玉が、彼の命運を絶った。詰められた黒色火薬が炸裂し、中に仕込まれた鉄片が四散する。
落馬と同時に、刀が手から離れた。痛みは感じない。最初から恐れていなかったからだ。
故に意識が途切れる前に感じたことはただ一つ。無念、であった。
…………
蛍が群れ成す、静かな闇の中。彼は一人の女と睦み合った。緑の黒髪を腰まで垂らし、豊満な乳房の揺れる優雅な裸体を晒している。微笑を浮かべた口元を向けながらも、両手は慎ましやかに胸と秘部を隠していた。その仕草が、彼の情欲を掻き立てる。暗闇にも関わらず、その女の姿は周囲の蛍火と同様、くっきりと目に見えた。肌は驚くほど白く、血の巡りを感じさせない。それに対して瞳は流血を連想させる、艶かしい赤色だ。
しとやかさに加え、どことなく淫らな色を秘めた視線。骸の姫の纏う美しさが、腕を伸ばすかのように彼を抱擁する。
思わず、その乳房へと触れる。姫はそれを受け入れ、そこを覆い隠す手を退けた。つんと尖った乳首が露わになる。最初はそっと、やがて貪るようにその膨らみを揉みしだく。美しくとも骸の体に温もりはない。しかしその蕩けるような柔らかさは興奮を高めるのに十分なものだった。戦場での高揚とはまた違う、どろりとした快感だ。
「んぅ……」
指先が乳首を弾いたとき、姫の口から艶かしい声が漏れた。その声を吸い込もうとするかのように、彼は唇を奪う。姫もそれに応え、細い腕で彼に抱きついた。唾液の絡む水音が耳に響く。いつしか二人の指先は互いの下半身……性器を愛撫し始めた。白い指が男根を優しく撫で回す度、そこから熱が吸い取られた。その度に姫君の肌が温かみを増し、女性器から滴る雫も熱を帯びていく。
唇が離れ、唾液が名残惜しそうに糸を引く。二人は見つめ合う。互いに愛おしさを感じている、そんな視線で。だが侍の目には愛や情欲だけでなく、哀しみの色があった。
「すまぬ」
姫をしっかりと抱き締め、彼は告げた。
「ここに留まることはできぬ」
「存じております」
悲痛な声に、姫は彼の腕の中で頷いた。彼女は知っていた。彼が死に際に感じた無念を。そして、やり直す機会を求めていることも。
顔を上げ、彼に向けて微笑む。赤い瞳に優しさを湛えて。
「貴方様がご満足のいく最期を遂げるまで、お待ちいたします。しかれど、今は……」
指先がつぅっと竿を撫でる。侍は姫を押し倒し、再び唇を吸った。彼女の温かな吐息を感じながら、いきり立ったそれを割れ目に当てがう。ぐっと腰を進めると、それはまるで吸い込まれるかのように、姫君の股へと収まった。
互いに嬌声を上げる。侍は甘く締め付けてくる蜜壺の妖艶さに、姫は自分の奥へ押し入ってくるそれの熱さに身をよじった。腰を動かす度、そこが擦れ合う。精を放ち、潮を吹き、何度も何度も果てては、また互いを貪る。
情欲の宴は続いた。彷徨える士魂が、新たな戦場へ赴くまで。
…………
慶長五年 関ヶ原
何の前触れなしに、胸を貫く鉛玉。
甲冑へと血が広がっていく。痛みが苦しみへ変わり、やがて寒さに変わる。それでも彼は馬上で耐えようとした。しかし力を失った手が手綱から離れ、愛馬の背からどさりと転げ落ちる。
隊列を組んでいた足軽の一人が駆け寄り、彼の名を叫ぶ。周囲が騒ぎ出す中、武士は止まりかけた心臓の位置に手を当て、ただ目を見開いていた。
誰が自分を撃ったのだ。敵がここまで近寄れるはずがない。だが今から向かおうとしてた前線では、すでに熾烈な戦いが繰り広げられている。
今まで多くの武功を重ねてきた。幾多の死線をくぐり抜け、敵の首級
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