第十三話 「こちらにおわすお方を」

 うわなり打ちは家の台所から討ち入るのが作法だ。そして家財道具を叩き壊し、後妻側も迎撃に出る。大怪我させてはならないという決まりはあるが、やるのは女、しかも頭に血が上っている。死傷者が出ることもあったそうだ。
 また加勢は女のみだが人数制限はなかったらしく、身代次第では数十人を率いてやり合うこともあった。中にはうわなり打ちの加勢が趣味という女もいたようで、生涯に何度も討ち入りに加わったそうだ。

「男からすれば一回でも御免だよ、こんな修羅場は」

 フィッケル中尉の感想は俺の意見と全く同じだった。今目の前では凄まじいことになっている。
 米問屋の台所には瀬戸物の破片が散乱している。そして竹刀を振り回して荒れ狂う女、女、女。ほとんどが魔物だから力も桁外れで、中には重い一撃に吹き飛ばされ、壁を突き破って叩き出される奴もいる。おかげでどんどん壁が破壊され、俺たち野次馬にも中がよく見えた。もっともこの分では家が全損するのも時間の問題ではないか。

「……これ、どうなれば終わるの?」
「暴れるだけ暴れた所で、先妻後妻双方の仲人が仲裁することになってるらしいが……」

 この場合、仲人もへったくれもない。双方の大将である白蛇姉妹の戦いは凄まじかった。瓜二つの双子で、武器も同じタンポ槍。盛んに打ち合いながら、相手側の助っ人を一人尻尾で巻き上げていた。大人しくしていれば二人とも美人だろうに。

「姉上の泥棒猫ー!」
「元から私の旦那様でしょー!」

 目を血走らせて怒鳴りながら、自分と同じ顔の恋敵と打ち合う二人。やがてタンポ槍がぼっきりと折れ、代わりに箒と番傘で戦う始末だ。
 これは家が崩れる前に帰った方が良いのではないか。姫様は止めるのかと思えば、楽しそうに騒動を見物している。美人の嫁さんだが、フィッケル中尉はいろいろ苦労していることだろう。例のヴァルキューレなる天使への仕打ちも「私の愛は揺るがないが、彼女はあまりにも非道」と言っていた。何をやらかしたんだか。

 ともあれ俺たちは呆れながらもことの成り行きを見守った。仲裁しようかとも思ったが、余人が口を出す問題でもない。それに英語では女同士の喧嘩をキャットファイトと呼ぶそうだ。俺の専門はドッグファイトの方。

「姫、もう帰りましょう」
「まあまあ。わたしの予感だと、そろそろ来ると思うんだけど……」

 姫様は何か考えがあるらしいが、この人は絶対に面白がっている。ロクなことにならんかもしれない。ナナカの顔が青ざめてきたので、俺も早く帰りたい。当然ながらナナカの顔は元々青いが、それでも何となく血色が悪くなったのは分かる。
 しばらく辺りを見回しながら思案したようだが、やがてニコリと笑って踵を返した。服のポケットから外套を取り出して(この姫様の服に限らず、化け物どもの服は何かおかしい。変なところに大きな物を隠し持っていたりする)羽織り、駆け出す。

「ちょっと友達を探してくるね」
「ああ、そうですか。お気をつけて」

 フィッケル中尉がもうどうでもいいような返事をして見送った。外套で顔が隠れていても、僅かに見える美貌に野次馬の何人か振り向いたが、やがて彼女の姿は人混みに消えていった。

 そのときだった。突然、まだ無事な戸が大きな音を立てて開かれる。

「もうやめてくれぇぇぇぇ!」

 号泣しながら飛び出したのは細面の若い男。出て来た瞬間に何者なのか察した。ことの原因であるこの店の若旦那だ。
 うわなり打ちは宣戦布告の使者のみ男で、後は一切男が干渉してはならない。うわなり打ちが認められるのは離婚後一ヶ月以内に後妻を娶ったときに限るというから、女たちが家を破壊していくのを黙って見守り、自分の無節操さを反省しろということだろう。

 だが今回はさすがに耐えかねたらしい。家の倒壊もそうだが、好きな女の子の壮絶すぎる姉妹喧嘩を見ていられなかったのだろう。
 しかし飛び出した間が悪かった。丁度二人が箒と番傘を振り下ろした瞬間、その間へ入ってしまったのだ。

 ナナカが思わず、大きな単眼を手で覆った。鈍い音がして、続いて若旦那がばったりと倒れる。

「ああっ、誠太郎!?」
「誠太郎さんッ!」

 大慌てで獲物を放り出し、ついでに尻尾で捕らえていた捕虜も放り出し、白蛇姉妹は色男に縋り付く。幸い脳天は割れて居らず、瘤をこしらえた程度で済んだらしい。仰向けに倒れたまま「二人とも、もう止めてくれ……」だの「俺が悪かった」だの、「殴るなら俺を……」などとうわ言のように繰り返していた。酔った勢いで面倒ごとを起こした馬鹿旦那だが、根は名前の通り誠実なようだ。

「早く薬を!」
「それより私の術で……」
「何を言うの! だったら私が!」

 傷がそれほどでもないと分かったためか、二人はまた妙なことで張り合い始めた。どちらも
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