膝枕というのは良いものだ。
それも朝っぱらから恋女房の膝でグータラするというのはこの上ない贅沢だ。まあまだ式は挙げていないが、こいつもまさか今更嫌とは言わないだろう。親父殿も俺に悪い印象はないようだし、事が片付いたら挙式しよう。
それにしても宿の浴衣を借りたが、ナナカの浴衣姿はなかなか似合っている。一番素晴らしいのはうっかりすると胸がポロッとこぼれそうになっていることだ。下から掌で軽く叩いてやると、鞠のように大きく跳ね上がる。ナナカは慌ててそれを手で押さえ、俺に向けて口を尖らせた。
一時とはいえ、平和な時間だ。空襲警報なんて鳴らない。だがもしここに戦がやってきたら?
「よっ……」
腹筋に力を入れて起き上がる。するとナナカが後ろから抱きついてきた。大きな膨らみが背中に押し付けられる。続いて頬を摺り寄せられた。懐いた犬猫のように。
「どうした?」
「……くっつきたいの」
ナナカは楽しげだ。やはりこいつは可愛い。昨日一線を越えたため、もう互いに気兼ねなく乳繰りあえるというわけだ。それはつまり、俺に死ねない理由ができたということでもある。単なる意地ではない、明確な理由が。
拳銃はあるし、海軍でも銃剣術などは教わった。もし教団が攻めてきても、ここの侍たちの手助けくらいはできるだろう。最低限、ナナカを守らねばならない。そして俺も死んではならない。今となってはもう帝国海軍の軍人ではないが、戦うべきときは戦ってやる。
だが今は、ナナカとのんびり過ごしてもいいだろう。
乳へ手を伸ばそうとしたそのとき、障子がさっと開け放たれた。ナナカが驚いて離れる。
現れたのは意外な男だった。顔の左半面を青あざが覆い、鋭い眼光が異様な風貌を作っている。彼……ルージュ・シティの仕立屋は俺に向けて、手にした白い服を突き出した。
「届けに来た」
……この世界の洋服を着ることに不満はない。だがフィッケル中尉がドイツ空軍のコートを着ているのを見ると、やはり祖国の軍服が懐かしくなった。張り合うわけではないが、やはり帝国海軍の白い軍服を着て、肩で風を切って歩いてみたかった。しかし飛行服と千人針、フンドシと拳銃以外は祖国へ置き去りだ。
そこでコルバが紹介してくれた仕立屋に、第二種軍装の姿形を伝えて模造品を注文したのだ。オーギュ・リベルテというその男は、言葉の節々に職人としてのプライドが感じられた。できる限り正確にイメージを伝え、採寸をしてもらい、出来上がりを楽しみにしていたのだ。こんな非常事態になってしまっても、転送魔法とやらでわざわざ届けに来るとは義理堅い男だ。
そしてその出来は見事なものだった。細部は微妙に異なっている気もするが、パッと見て日本海軍だと分かる。しっかりと寸法を取って作っただけに動きやすい。
軍帽も作ってもらった。俺はあまり絵が上手くないので正確に伝わらず、さすがに前章の絵柄は少し違う。まあこの世界の仕様だと思うことにしよう。
「ナナカ、似合うか?」
「うん。カッコイイ……」
嫁も優しく微笑みながら、そう評価してくれた。後は何所かで短剣をあつらえるか。腰の飾りにすぎないから、ナナカも作ってくれるかもしれないが。
「……あんたらの世界の軍服は良いデザインだ」
オーギュは服の出来を眺め、呟く。無愛想な男だが、仕事をやり終えて満足げだ。フィッケル中尉の軍服や俺の飛行服にも興味を持っていたし、何か琴線に触れるものがあったのだろう。俺の拳銃がデカすぎるだの無骨だの、コーディネイトに合わないだのと文句を言ってはいたが。
ルージュ・シティの職人たちの中でもこいつは最古参で、周囲から尊敬を集めている。ナナカも彼のことは褒めていた。ただ仕事に熱中しすぎる癖があり、よく女房を困らせているようだ。
「では失礼する。妻を生地屋で待たせているからな」
「おう、ありがとうよ」
用を済ませた途端、仕立屋はとっとと退室した。忙しい奴だ。だがあの野武士のような雰囲気が、どことなく信頼できる。
足音が遠ざかっていく中、あることに気づいた。昨日俺たちを案内してくれた角井という侍は、今日領主に会わせると言っていた。あの後宿の女将を通じて、今夜料亭で会おうと伝えられた。
俺は幸いにして第二種軍装が間に合ったから、この格好で行けばいい。だがナナカが問題だ。相変わらず、皮を胸に巻きつけて半ズボンを穿いただけの格好をしている。そりゃ胸の谷間やらへそやらが見えて結構だが、偉い人にお目通りするような姿ではない。ルージュ・シティの領主は顔見知りのようだったから良いが、今度は違う国だ。
これは何とかせねば。幸いカレー屋で結構儲かったので、金はそれなりにある。
「ナナカ、服を買いにいくぞ!」
……こうして俺たちは
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録