イノセント・エッグ

 イレギュラーな事態というのは往々にして発生するものだ。魔物が人間の根幹である『男女』のシステムを利用したことも、神々にとっては予想外の事態だった。同じように、魔物でさえ予想外の事態は起こりうる。人間がそうであるように、彼女たちもまた不完全な存在なのだ。
 それ故に、魔物が作った世界も不完全であり、想定外の事態は起こる。

 例えば、不思議の国。あるリリムが作った魔界の一種で、異なる時空に存在するため『異界』に分類される。
 来る日も来る日も、狂ったように人と魔物が交わり、笑みを浮かべる。そして王女の気まぐれによって招待された客人も、狂った常識の快感に目覚め、新たな住人となる。

 このような世界では何もかもが想定外に思えるが、この世界に招かれる男性にはある程度共通しているところがある。精通を迎えているか、そうでなくとも性的なことに興味を持てる歳であることだ。それは魔物たちが男との交わりを何よりの楽しみとするからだ。

 しかしある日、想定外のことが起きた。国のある大樹の下に、赤ん坊がいたのだ。魔物ではない、人間の男の子だ。
 まだ立つこともできない乳飲み子が、ボロ布にくるまれて座っている。酷く痩せた頬が、生活苦からの捨て子であることを物語っていた。当然、この国に子供を捨てる親などおらず、現世から何らかの理由で迷い込んだことは明らかだった。

 他にも三人の赤ん坊がいたが、彼らは立って、或いは這って歩ける程度には成長していた。そして何かに誘われるかのように、バラバラの方向を目指して行った。


 一人は独身のマーチヘアに拾われ、彼女たちの集落で育てられた。淫らなウサギから言葉を教わった彼は、彼女たちと同じ思考を持つように成長し、群れの中でセックスに満ちた幸せな人生を送った。

 一人はマッドハッターの夫妻に拾われ、養子となった。里親の教育の甲斐あって、村の特産品である茶葉を育てる農学者として成長。やがて血の繋がらない妹と結婚し、常に交わったまま仕事に励んだ。

 最後の一人は(性的な)強者を求める孤独なジャバウォックに拾われた。ジャバウォックはその赤子に、自分を超える(ほど淫乱な)猛者になるよう英才教育を施した。立派に成長した彼は、鍛え上げられた男根で里親の恩に報いた。


 結局、歩くこともできない赤子が一人だけ取り残された。頭上に七色の葉を茂らせる大樹はジャブジャブたちの巣だった。男の気配に敏感なことで知られる彼女たちだが、さすがに赤ん坊に対しては男センサーも反応しないようだ。

 それでも巣の近くに赤ん坊がいることに気づけば、すぐさま急降下して保護しただろう。しかし時刻は早朝。夫のいる個体は昨夜から、または数ヶ月前から通しで交尾に励んでおり、独身の個体は巣の中で淫夢を楽しんでいる頃だった。

 赤ん坊が全く泣かないのも、ジャブジャブたちが気づかなかった理由の一つだ。無垢な丸い目で木を見上げたまま、ぼんやりと座っている。不思議の国を包む温かな空気と優しい香りが、不安を消し去っていたのだろう。
 だが彼が空腹を覚えた頃、ようやく変化が起きた。

 太い木の枝に据え付けられたジャブジャブの巣から、白い球体が転がり出た。それは重力に従って地面に落下し、赤ん坊の目の前で割れた。
 白い殻が飛び散り、中の透明な粘液、そして濃い黄色い何かが散乱する。淫な鳥人たちの卵だ。

 目を見開いて驚く赤子の前で、卵の残骸は一箇所に集まり始めた。卵白がプールを作り、その中で卵黄が起き上がっていく。黄色のスライム体が短い髪を、くりくりとした目を、つんと尖った小さな胸、おへそ、折りたたまれた脚、そして『割れ目』を形成する。魔物に詳しい者なら、ジャブジャブという種族が生まれる前から淫乱なことを知っているだろう。

 ハンプティ・エッグ。幼い少女の姿を取った黄身は、赤ん坊に向けてにっこりと笑った。

「だぁ……」

 彼女の姿は乳児と呼ぶには大きすぎた。胸も成長を始める数歩手前といった段階で、臀部もふっくらとしている。バフォメットを崇め奉るサバト信者ならば、十分に性愛の対象になる『幼女』だった。
 しかしその心と知能は目の前の赤子とほぼ変わらぬ、無垢だった。小さな指をしゃぶりながら、きょとんとしている赤子と見つめ合う。相手が何者で、何故そこにいるのか、見に纏っているボロ布が何なのかさえ分からない。しかし卵黄スライムで形成された瞳に、『オス』の赤子がどう映ったか……それは言うまでもないことだ。

 魔物の中でも一際淫らで、交わりのことしか考えないジャブジャブ。その卵が突然変異を起こしたのがハンプティ・エッグである。旺盛な愛欲は彼女たちの遺伝子に深く刻まれていた。加えて精神が赤子と変わらないため、その子を自分のつがいとして認識したのである。

「……ん
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