不思議のルルゼ村 帽子屋編

 村が消えた。

 比喩表現ではない。一つの村が丸ごと、文字通り忽然と消えてしまったのだ。村の名はルルゼ・ヴィレッジ。人口は少ないが、ここで作られる紅茶は独特の香りを持ち、教団のお偉方にも愛好家が多い。それ故教団から保護を受けており、この異変についてもすぐに調査隊が編成された。
 魔力研究者である私にも招集がかかり、同僚や護衛の兵士と共に現場へと向かった。








「先生、到着しました」

 御者の声を聞いても、目的地へ来たという気がしなかった。実際に見て愕然とした。山間の緑豊かな土地で、絶え間なく鳥の鳴き声が聞こえる。そんな中、村のあった場所だけがぽっかりとただの空き地になっていた。人間だけではない、村の建物も、広大な茶畑も、雑草でさえも姿を消していた。今はただ黒い土が広がるだけで、『村』という存在が丸ごとこの土地から削り取られ、消滅していたのだ。
 この村へ通じる街道だけは残っており、馬車で来ることはできた。だが我々を迎えたのは鳥の声だけで、ここに村があった痕跡は何一つない。不気味だ。

 調査隊の誰もが、その異様な空気に圧された。しかし任務に忠実な者が揃っているので、すぐさま隊長から号令がかかり、調査が始まった。
 ルーンを彫った杖を手に地面をつついて歩き、魔力の痕跡を調べる。ダウジングと呼ばれる術だ。このような事態は魔物が関わっているに違いなく、何らかの痕跡があるはずだ。しかし杖には土地に元々宿っている力しか伝わってこないし、何かが埋まっているような感覚もない。

 魔物の襲撃も予想されるため、私の周囲では兵士たちが警戒に当たっていた。しかし何もないという状況は相当不安なようで、始終互いの顔を見ては心配そうな表情を浮かべている。
 頭上から大きな鳴き声が聞こえた。見上げると鴉が一羽、黒い翼を羽ばたかせて飛んでいた。この事件が疫病や災害によるものだったら、奴らも地上に降りて屍肉を漁っていたことだろう。今は我々を嘲笑うかのように、けたたましく鳴きながら飛び去って行くだけだ。しかし鳥が警戒せず上空を飛ぶということは、やはりこの場所に異常な魔力はないということになる。

「ケルド、そっちはどうだ?」

 近くを調べている同僚に尋ねてみた。彼は訓練した犬を連れており、魔力のみならず臭いの痕跡を探していた。しかし犬は真面目に働いているものの、何かを見つけた様子はない。

「何の反応もない。こんなことは初めてだ」

 ケルドは憮然として答える。犬の方も人間の不安が伝わるのか、時折顔を上げて主人の様子を伺っていた。黒毛の美しい雌犬で、主人の言うことをよく聞き、ケルドも家族同然に扱っている。今まで地面の魔力を探知して水脈を探し当てるなど、様々な功績を上げてきた。だが今回ばかりは主人共々気が滅入っているようだ。

 再び、杖に意識を集中させる。すると今度は異変があった。痺れるような感触が一瞬、手に伝わってきたのだ。
 目を閉じて感覚を研ぎ澄ますと、微弱な魔力がしっかりと検知できた。人間の物ではない。

「反応あり。魔物の魔力だ」

 兵士たちがさっと剣を抜き、臨戦態勢に入る。私は目を閉ざしたまま、地面の魔力を杖でなぞり、より力の濃い方へと歩を進めた。極めて微弱な痕跡だが、しっかりと道を作っていた。本当に少しずつだが力は濃くなっていく。視覚を捨ててダウジングに集中している以上、周囲で異変があっても自分では対処できない。護衛の兵士たちや同僚の愛犬が頼りだ。

 一歩、二歩、三歩……最初に検知した箇所から二十歩ほど歩いたときだ。急に反応が強くなった。
 同時に杖先が何か、柔らかい物にめり込んだ。



「アッー
#9829;」



 奇声にハッと目を見開く。そして驚愕した。目の前に女が、いや、魔物がいたのだ。

「ほほほ。お兄さんたらなかなか大胆ニャ」

 うつ伏せに寝そべったそいつは、私を省みてニヤリと笑った。紫色の長い髪を持つ、美しい女性の姿。しかし獣の耳や尻尾を持ち、手足もまたキャット属に類する特徴を持っていた。突然姿を現したその魔物は余裕の表情を浮かべ、地面に伏したまま私を見ている。
 そして杖が当たった柔らかい物の正体も分かった。うつ伏せになった魔物の、丸出しになった臀部の谷間へ、杖先がジャストミートしていたのだ。

「魔物だ!」

 私が叫んだ途端、周囲の兵士たちは一斉に剣光を閃かせ、その魔物の首を……斬るかと思われた。が、剣が振り下ろされることも、ケルドの犬が吠えることもなかった。そもそも私以外の人間が、煙のごとく消えていたのだ。
 しかも周囲の光景はあの異様な空き地ではない。鬱蒼と木々が並び、桃色の怪しげな植物が繁茂する、奇妙なジャングルと化していたのだ。鳥の声も鴉ではなく、酔っ払いの鼻歌のような奇妙な鳴き声が響く。同
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