始まりは全滅END

「……やれやれ、と」

 空が夕日に染まる中、崩れた城塞を振り返った。あそこにあるのは、敵と味方の死体だけ。大事な書類、金などは、司祭たちが先に運び出してしまった。俺たち囚人兵はその時間稼ぎとして、この砦で殿をやらされたのである。
 相手は親魔物派組織とは違う、火山地帯の少数民族たちだった。信仰の違いや土地の利権問題で教団に虐げられ、先祖の土地を守るために武装蜂起したという。まあ、囚人兵の俺に与えられる情報なんて僅かだから、詳しい事情は知らないし、そもそも政治に興味なんてない。俺はただ、生きるために戦うだけだ。
 ひとつ確かなのは、敵が俺たち教団を心底憎み、果敢な攻撃を繰り返してきたということだ。先日の戦いではヨボヨボの老人や十歳かそこらの餓鬼まで、蛮刀を振りかざして突撃してきたくらいだ。結果、今日を以て城塞の守備隊は全滅、幸か不幸か、俺は生き残った。

 俺に残ったのは愛用の武器であるフレイルと、砦から持ち出した保存食と水、少しばかりの金。手に入れた物は……自由か。
 俺も元はまともな兵士だったが、罪を犯して囚人兵部隊へと放り込まれた。三年生き延びれば釈放されることになってはいたが、毎回捨て駒同然の任務に放り込まれ、逃げ出そうとすれば後ろの味方に弓矢で射殺されるのだ。三年生き残るなど、至難の業。
 同じ囚人兵の仲間たちは全滅したが、俺は生き残った。今なら逃げ出しても、教団には分からないだろう。それでも見つかれば追われることとなるのだから、自由には程遠いかもしれない。それでも、自分の腕一本で生きていく方が、今までよりはマシだ。

 さて、とりあえず何処かの町を目指そう。できれば教団の目の届かない所で、傭兵の斡旋所でも見つけて、次の戦場へ……

「……ん?」

 足音が聞こえた。一歩一歩砂を踏みしめるその音は、戦場を歩きなれた者の足運びだった。教団か、敵か……どちらにしろ、斬る。これからの自由のために。

 身構えながら振り向き、俺は息を呑んだ。

 そこにいたのは、深紅の髪に褐色の肌の女。腰からトカゲのような尾が生えており、さらに手足も爬虫類のような形状で、魔物であることを示している。だが俺はそれよりも、その肉体の美しさに目を奪われた。乳房や股間、その他手足の一部のみが布や鱗状らしき鎧で覆われているだけで、腹部や太腿が惜しげなく曝け出されている。無駄のない筋肉と、女体の脂身を兼ね備えた肉体だ。
 そして金色の瞳は、真っすぐ俺を観ていた。間合いを測っていることが、肌で分かる。
 ふいに、彼女は歯を見せて笑った。

「……教団の兵士かい?」

 綺麗なアルトの声で、そう尋ねてくる。

「……仲間が全滅したんでな。自由に生きようと思う」

 正直に話して、相手の出方を見ることにした。囚人兵とはいえ教団の下で戦っていた身……彼女たち魔物からすれば、立派な敵だ。殺そうとしてくるかもしれないが、俺は彼女に興味が尽きなかった。

「ふうん。どうするのさ?」
「まだ決めていない」
「そっか。なら丁度いい」

 彼女は腰に吊るした剣を、一気に鞘から引き抜いた。二本の剣を一本の鞘に収納できるタイプのようで、それを両手に握る。片刃・幅広の剣で、刃紋が荒々しくうねっている。切れ味よりも重量で叩き斬ることを目的とした代物で、常人なら一本を両手で振りまわすところだろうに、二刀流とは。
 やる気か……?

「私と闘おう? きっと楽しいよ」

 彼女は屈託のない笑みを浮かべた。美しい。今まで出会ったどの女性よりも魅力的で、そして強い。匂いで分かる。こいつは生粋の戦士だ。彼女の赤い尻尾に、本物の炎が燃え上がるのを見た。そういう魔物なのだろうが、もしかしたらこれは彼女の感情を表しているのかも知れない。
 俺に湧き上がった感情は、一つ。


 戦ってみたい。


「……いいだろう。人間との戦いも飽きてきた」

 俺もフレイルを構える。脱穀用の農具から生まれた打撃武器で、様々なタイプがあるが、俺が使っているのは歩兵用の長柄の物だ。先端には金属製の短い棒が鎖で繋がれており、これを叩きつけて攻撃するのだ。刃物より安上がりなので、囚人兵部隊にも多く配備されていたのだが、俺としても使いなれた武器だ。何より、防御されにくいのがいい。

「じゃあ……行くよ!」

 先に仕掛けてきたのは彼女の方だった。脅威的な瞬発力で間合いを詰め、右手の剣で斬りかかってくる。かなりの速度だが、俺とて伊達に生き残ってきたわけじゃない。
 フレイルの柄で、彼女の一撃を受け流す。横へ捌いたのに、ずっしりとした重さが腕にかかる。心地よい。
 続いて、石突を彼女の腹部目がけて突きいれた。しかし今度は、彼女が左の剣で受け流した。

 一歩後退しながら、フレイルを大きく振って殴りつけた。遠心力の加わったその一
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