「何でもない、何でもないデスヨ!」
慌てて袖で涙を拭い、メリーはにこやかに笑う。小さな体でページを持ち上げ、教科書をぱたりと閉じた。そのまま教科書を引きずって退かし、菓子盆を置くスペースを作ってくれた。
俺が菓子盆を置くと、その上の濡れ煎を珍しげに眺める。初めて見るのだろう。家に帰ってくるまで辺りをキョロキョロと見ていたし、見る物全てが珍しいはずだ。ずっと地面の中にいて、ようやく魔物として目覚めたのだから。
「ニホンのお菓子デスネ。初めて食べマス!」
笑顔は女の武器だ。泣くより笑っていてくれた方が、そりゃ男としては気分がいい。メリーはそれをよく分かっている。
だが、無理矢理笑ってるなら別だ。女心なんてろくに分からない俺でもそのくらい察しがつく。こんなときどう言葉をかけてやるか何てことは知らない。
できることと言えば……抱っこしてやることくらいだろう。
「あっ……」
そっと抱き上げると、メリーの青い目が俺を見た。小さな体を胸元に抱え、金色の髪を撫でてやる。髪の感触は本物の髪とは違うが、普通の人形と違って肌の温もりはちゃんとあった。メリーは腕の中でもぞもぞと動くが、やがてぴたりと動きを止める。そして小刻みに、その体は震え始めた。
「泣きたいときにはよ、泣いていいだろう」
「ダメ……デスヨ……!」
俺の胸に顔を埋め、メリーは首を横に振った。服にほんの少しだけ染みができている。必死で我慢しているようでも、小さな目から少しずつそれは流れていた。
「ワタシは……みんなを、笑顔にするために……ニホンに……だから、ワタシが泣いたら……」
「おめぇは人形だがよ、笑うことができるんだろう。だったら泣くこともできて当たりめぇだ」
人形だって泣きたきゃ泣けばいい。せっかくリビングドールになったんだ、笑ったり喋ったりできるなら、涙の一つも流さなきゃ損だろう。思いっきり泣くこともできずに笑っていなければならないなんて辛すぎる。文句を言う奴がいれば、そいつをメリーの代わりに地蔵の所へ埋めてやる。
小さく、嗚咽するのが聞こえた。細かな球体間接のついた小さな手が、俺の服をしっかりと握ってしがみついてくる。髪から背中にかけて撫でてやりながら、こいつはもう俺のものだと改めて自覚した。『ミツコ』なる人物が何者であろうと、うちの蔵にメモが残っていたのだから我が家と関係あるのは確かだ。運命なんてものはあまり信じない主義だが、俺がこいつを幸せにしてやるための巡り合わせだろう。
そのためにも、泣きたいときは泣かせてやらねば。
「……男の子たちがお小遣いを出して……3dollarで私を買って……女の子は服を作ってくれて……!」
メリーはゆっくりと、吐き出し始めた。
「船に乗ってニホンへ……沢山の仲間と一緒に……平和のために……!」
「うんうん」
「ニホンの子供たちと、お友達に……なって……but……but……!」
彼女の言葉を聞きながら、俺は歴史の教科書を開いた。昭和時代の章、『あの戦争』について書かれた項目に、小さくトピックが書かれていた。国と国の友好のため送られてきた、沢山の目の人形たちのこと。そして子供たちの思いを踏みにじり、戦争を始めて人形を焼いた大人たちのこと。
小学校でも習った歴史だ。平和の使者としてやってきた、人形たちの物語である。
「ヨシコ先生は、私を焼こうとして……でも、やっぱりダメだって、途中で火を消して……」
ヨシコ先生。あのメモに書いてあった名前だ。
「ミツコちゃんと、トヨちゃんと、ケンジくんと、タダシくんと、みんなで……箱に入れて……平和になったら、また会おう、って……」
平和な時代に。それまでメリーを守るため、三つ子地蔵の後ろへ埋めて隠してあったのだろう。当時小学校だった我が母校に。
今日までずっと埋められたままだということは、そのときの子供たちはその後どうなったか……愉快な結果は思い浮かばない。小学校だった頃の校舎は一度空襲で焼けて、そのときの慰霊碑が校庭にあった。少なくとも今はもう、メリーの友達だった連中はいなくなってしまったのだ。
「これからはよ、メリー。俺が一緒にいてやらぁ」
「コーキ……」
俺を見上げる青い瞳は潤んでいた。だが小さな頬を撫でてやると、くすぐったそうに笑う。ふにっとした柔らかな感触のほっぺただ。
「今からできることだってよ、あるんじゃねぇかい。今のおめぇは喋ることも笑うことも、泣くこともできるんだからよ」
「今から……できること……?」
「やりてぇことをやりゃぁいい。平和の使者としてでも、女の子としてでも、好きなことができるはずさ」
具体的に何をするべきか、それは俺にも分からない。だがメリーには希望を持たせてやりたかった。
すると、メリーは俺
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