船は帆に風を受け、黒く染まった空の下を走る。レスカティエ海軍揚陸艦『ステラ・ポラーレ』。海軍歩兵の家とも言える軍艦だ。魔物共の土地へ殴り込みをかける、先鋒として建造された船である。艦首に備えられた可動式の橋を用い、海岸または敵艦に突撃する。乗り込むのは俺たちレスカティエ海軍歩兵隊、先陣破りの専門部隊。
入隊する連中は皆命知らずな戦闘好きとして育てられる。魔物の蠢く魔界に真っ先に切り込むのはお上品な勇者サマではなく、俺たちだと信じていた。そしてそれは現実となった。殴り込む先が、魔物に乗っ取られたレスカティエというのは予想外だったが。
「隊長、陸まで後十分です」
副隊長が静かに言った。静かにとは言っても、心の中で燃え上がっているものが手に取るように分かる。
俺は彼から望遠鏡を受け取り海岸を眺めた。黒雲に埋まった空の下では白い砂浜さえおどろおどろしい。そこにひしめいているのは女ばかりの騎士団だった。『プリンセス・エミレッタ騎士団』。豪商や貴族の女子を集めて結成された部隊で、荒くれ揃い海軍歩兵隊からすれば、実戦よりもパレードに向いたお嬢様騎士団、おままごと騎士団である。天界から降臨召されたヴァルキリーを団長にしていたという一点で、辛うじて戦力となり得る存在だった。
ただし今となっては少し話が違う。望遠鏡のレンズを通して見えるお嬢様騎士団は、かつてのような白い聖衣を来たまばゆい光を放つ集団ではない。禍々しい角や翼、時には青や緑の肌を持った化け物の軍団になっている。先頭に立つヴァルキリーも例外ではない。純白だった翼は空と同じく黒一色に染まり、肌の色も青みがかった、完全な魔物となっている。神によって直接作られたヴァルキリーでさえあのザマとは。
「……相手は魔物化した娘っ子のみか」
「新しい眷属に、狩りの楽しさを覚えさせようということでしょう」
狩り、か。全く笑わせる。飛び道具も使わず、俺たちが接岸するのを待ち構えてやがる。余裕のつもりか、あるいは海戦の経験がないからか。
俺は副隊長に、部下を招集するよう命じた。
「野郎共、喜べ! いよいよ俺たちの力を見せる時が来た!」
「オオォォ!」
全員が槍を掲げて雄叫びを上げた。海軍歩兵全員が集まり、甲板を埋め尽くし整列している。手には短めの槍、腰にはカトラス。制海権が魔物に握られている以上、揚陸艦もなかなか活躍の場がなく、植民地の近海で今まで訓練ばかり行って来きた。ようやく実戦に出られると聞いて、皆顔に高揚感が見える。
例え祖国への攻撃であろうと、相手が女だろうと関係ない。敵の親玉であるリリムはレスカティエ本国を一日で占領するほどの力の持ち主だが、それも関係ない。
一刻も早く接岸して、敵を一人でも多く蹴散らす。そのためだけに俺たちは生きてきた。神への信仰のためではない。ただただ、戦いが全てだ。
俺は懐から薬袋を取り出す。植民地を出港するとき、提督から全員分持たされた物だ。人間の力を極限まで引き出し、魔物を打ち払う神薬とのことだ。原料は何かのキノコらしい。この手の胡散臭いものはあまり信じないタチだったが、どうせ死ぬのだ。世話になった提督への義理で飲んでおこうと思う。
「提督からもらった神薬は失くしていないな? 効果があるのか分からんが、どの道俺たちは魔物共を一人でも多く道連れにして、討ち死にすることだけを考えればいい! 飲んでおけ!」
袋の紐を解いて、中の丸薬三粒を一気に口へ放り込んだ。若干の辛みを舌に感じ、飲み下す。部下たちも同じように、薬を取り出して飲み込んだ。海軍歩兵だけでなく水夫たちも飲んだ。こいつらも運命は同じだ。制海権が魔物にある中、植民地から本国まで来れただけで奇蹟。どうせみんな生きて還れない。
「レスカティエの男共! 俺たちの血こそ真の赤だと教えてやれ!」
「イエス・サー!」
部下達が一様に唱和するのを聞いて、士気の高さを確認できた。前へ向き直ると、海岸はもうすぐそこだった。魔物共が戦闘態勢を取るのが見える。様々な種族が混在しているためか、陣形は組まず散兵状態だ。数はざっと見積もって五百名。こちらは水夫を含めて三百五十名。丁度良いハンデだ。
「橋を降ろせ!」
水夫たちがロープを切ると、艦首で垂直に固定されていた橋がゆっくりと倒れていく。それが水平になり、まだ接地しない内に俺は叫んだ。
「レスカティエのためにーッ! 突撃ーッ!」
橋の先端にある槍状のアンカーが浜に突き刺さり、固定される。俺が槍を掲げて先頭を切り、部下たちも鬨の声を上げて橋を渡った。魔物たちも向かってくる。女ばかりの鬨の声だった。
敵もまた、指揮官先頭。堕落したヴァルキリー、いわゆるダークヴァルキリーという奴だ。堕落する前は確か、リディーニ
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