第五話 「俺がそうなるわ、馬鹿もん!」

「それじゃ、借りていくぜ」
「おう。頑張れよ!」

 飯屋のコルバと言葉を交わし、俺は荷車を曵いて歩き出した。魔法をかけられた荷車だとかで、なるほど、曵いてみてもほとんど重さを感じない。これなら食材を山ほど買い込んでも運べそうだ。ついでにコルバが以前使っていたという屋台も貸してくれることになった。
 町の連中が親切で本当に助かる。まだ彼らのことをよく知っているわけでもないが、教団とやらに迫害を受けたとか、うだつの上がらない暮らしに嫌気が差したとか、様々な理由でこの町へやってきたという。別の世界からやってきたという異常な存在でも、自分たちと同じくこの町に流れ着いたのだからと、こうして世話を焼いてくれるのかもしれない。戦時体制下にも関わらず町に笑顔が絶えないのはこうした互助精神というか、住民の温かさ故なのだろう。

 領主邸での食事会の後、ナナカもお姫様も領主から何を言われたのかは話してくれなかった。ナナカまで呼ばれたということは明らかに俺に関係あるのだろうが、今更彼女たちが俺を陥れるようなことはしないだろう。ましてナナカのようなホワイトには人を騙すなんて無理だ。
 その後結局、領主に愛機の改造を承諾した。フィッケル中尉が言うように、この世界で純粋に飛行機乗りとして生きられるなら幸せだろう。だがただブーンと飛んでいるだけでは仕方ない。いつまでもナナカに飯を食わせてもらっていては男が廃るというものだ。そこで俺は領主から借金をし、起業することにしたのである。これでも料理屋の息子、少しは自信がある。

 領主は快く金を貸してくれたので、これから食材と食器の買い出しだ。包丁や鍋などはナナカから購入済みである。当面の目標はこの世界で自活できるようになること。

 そしてナナカを嫁にすること。

「っしゃ、やるとするか!」

 脳内で起床ラッパの音が鳴り響く。町の市場へ向かい、俺は足取り軽く歩き始めた。


 まず野菜を買うなら南地区へ行ってみろとのことで、教わった道を進んで行く。南地区は大規模な市営農場があり、農業や牧畜が盛んだそうだ。ナナカが住んでいる海に面した区画は西地区で、そこでも野菜は買えるが、まずは生産現場を見ておけとコルバから助言をもらったのだ。もっともなことである。
 港の市場に行けば輸入した香辛料や米なども多数売られており、なんと醤油も手に入るという。それだけあれば何でも作れるだろう。


 賑わう町中をしばらく歩いていくと、やがて地面が石畳から土に変わった。建物の数も急に減り、辺り一面に緑が広がる。広大な牧場や畑、その向こうには森が見える。
 真っ先に目に留まったのは牧場にいる動物だ。人の背丈よりでかい豚だかイノシシだかがのし歩いており、牧童がその毛にブラシをかけている。小さな女の子もいるようだが、怪物並の家畜を全く怖がっていない。所変われば品変わるとはいうが、さすがに化け物と人間が一緒に暮らしているような場所となると桁が違う。この分だと畑の方にも凄い野菜があるだろう。

 南方に行った頃のことを思い出す。椰子の木も珊瑚礁も、蛍の大群も、皆祖国では見られない光景だった。俺も仲間達も戦争のことなど忘れ、タコを捕ったり、地元民に頼んで椰子の実を採ってもらったりして楽しんでいた。無性に懐かしい。

 畑の近くに市場らしきテント群が見え、繁華街ほどではないが賑わいを見せていた。俺のように荷車を引いて買い出しに来ている奴もいる。視力の良い俺はその人ごみの中に知っている人間を見つけた。いや、視力が悪くてもあの白い髪と肌は目に留まる。軍帽を被った長身の男も傍らにいた。

「……あのお二人も野菜買うのか」

 お姫様とその旦那がわざわざ見に来るとなれば、ここの野菜はさぞかし美味いのだろう。ガラガラと荷車を曵き、その市場へと向かう。他にも荷車を曵いている者や、あの巨大な豚に荷を運ばせている者もいて、ぶつからないよう注意しつつ歩く。
 売り子も客も人間だったり魔物だったりと様々な顔ぶれだ。角の生えた女の子が元気のいい声で野菜を売っている。客も貴族らしい奴や平民らしい奴、子連れなど様々で、中には手足が骨だけの、幽霊の類らしい女もいた。ただ人間の女らしい者は一人もいなかった。

 フィッケル中尉とお姫様は馬鈴薯のような野菜を眺めていた。この二人は並んでいるとなかなか見栄えがする。お姫様は絶世の美女とか傾城傾国とかいう言葉さえ陳腐に思えるような、まさに魔物の王女という美貌の持ち主だ。中尉の方は美男子だが人間であるからして、とても姫様に比肩しうるほどの美形ではない。しかし気品と風格のある軍服姿と、その格好よさを乱さない立ち振る舞いが、お姫様の高貴な雰囲気とよく似合っていた。

「グーテンターク!」

 呼びかけると、中尉の方が振り向いた。

「Gut
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