第四話 「やっぱり平和が一番だ」

 早朝。
 ようやく日がの昇り、ナナカの小屋を柔らかな日差しが照らした。この町の海は日本の海とも、南方とも違って見える。俺は海兵団から操練を経て水上機のパイロットになった海の男だが、やはり人間は陸上の生き物というか、海を知り尽くすことはできないような気がする。別の世界の海となれば尚更だ。
 だが飛行機のない今、その海を眺めつつできることと言えば大工仕事くらいである。

「元気でいるかと言ふ便り 送ってくれた人よりも」

 小屋の上で小唄を口ずさみつつ、雨漏りしている箇所に木板を打ち付ける。子供の頃に木を削って遊んでいたこともあり、この手の作業は得意だ。げんのうはナナカが作った物を借りたのだが、これもなかなか良い仕事の品である。もっともナナカ当人の評価は「気に入らない」だったが。

「涙の滲む筆の跡 愛しいあの娘が忘られぬ」

 それにしても小屋のボロさは思っていた以上で、下手をすると屋根を踏み抜いてしまいそうだ。飛行機に乗るときに翼を踏み抜かないようにするのと同じく、踏んでも大丈夫な所を見極めながら移動していく。作った道具をまともな値段で売っていればもっと良い家を建てたり、町中の一等地に移り住むこともできるだろうに。だがナナカにとってはこの静かな海岸で、ひたすら鍛冶屋の道を求めることが幸せなのだろう。

「トコズンドコ ズンドコ」

 あらかた直し終わり、手を止める。朝の涼しい時間帯なのでさほど汗をかいてはいない。ナナカは朝早く起きて魚を捕りに行った。昨夜はナナカが俺にハンモックを譲り床で寝ようとしたので、俺がそういうわけにはいかないと言い、結局話し合いの末二人ともハンモックで寝た。またも彼女の肌の温みを味わうことができたが、そこから先までは行かなかった。
 彼女は嫌がっている風ではなかったが、やはりこのまま居候というわけにはいかない。これからどうするにしても、自分で食っていけるようにならなくては始まらないだろう。漁師でもやるか、それとも食堂でも開くか。家が料理屋だったのである程度の物は作れるが、他に美味い物がいくらでもありそうな町で繁盛するだろうか。

 あれこれ考えながら梯子を降りると、丁度ナナカが釣り竿を担いで帰ってきた。もう片方の手にはバケツを下げている。

「おう、修理は終わったぞ」
「……ありがと」

 バケツの中にはアジに似た銀色の魚が二匹入っていた。だが釣果よりも露出度の高い彼女の服装に目がいってしまう。下半身は半ズボン一つ、上半身は胸を布で隠してあるのみなので、ふとももだの谷間だのがあからさまに見えている。青い肌という普通なら薄気味悪いであろう体も、こうも出る所が出て引っ込むところが引っ込んでいると目がいってしまうものだ。その青い肌が温かいことを身を以て知っているだけに尚更だ。

「……どうしたの?」
「いや、ここは平和だなと思ってよ」

 彼女の体を凝視していた視線を目に移し、とりあえず誤摩化した。この一つしかない大きな瞳も、よく見ればなかなか奇麗だ。海のように深い藍色はどこか懐かしい色合いをしている。奇異な見た目ではあっても、その奇異さを含めて面白みがあるのだと思う。それに気づいた奴らが魔物を嫁にするのかもしれない。

 そんな俺の考えなど他所に、ナナカはさっさと朝飯の準備を始めた。昨日と同じく魔法の火を使って魚を焼く。ただ煙が出るので家の外でだ。この魔法の道具というのは便利なもので、俺の服もそれで乾かしてくれたらしい。

「ジュンはこれからどうするの?」

 煙を避けて風上に移りながら、ナナカは尋ねてきた。昨日ヅギにも訊かれたことだ。

「まだ分からねぇ。だが無理に故郷へ帰らなくてもいいとは思ってる」
「大切な人、いないの?」

 じっと俺を見つめ心配そうに問いかけてくるナナカ。大切な人という言葉に、苦い記憶が思い起こされる。

「家族はもう死んだ。許嫁もいたが、戦争へ行っている間に他に男を作って逃げてたよ」

 すると彼女は僅かに目を見開き、顔を伏せた。ごめん、と呟くのが聞こえた。
 嫌なことを尋ねたと思ったのだろう。だが家族が死んだのは悲しいが、許嫁に逃げられたのは今思えばそれで良かったと思う。というより仕方のないことだと諦めもついた。

「俺はいつ死ぬか分からない身だった。飛行機乗りに嫁には行けぬ、今日の花嫁ネ、明日の後家……なんて歌があるくらいでよ。そんな奴を待ってるのが耐えられなくなったのも仕方ねぇさ」
「……そんなに危ない乗り物なの?」

 彼女は顔を上げた。やはり飛行機という物に興味があるのだろう。平和の打ち物を作る野鍛冶とはいっても、見慣れない技術の結晶には心を惹かれるらしい。

「まあ人間ってのは元々、空を飛ぶ生き物じゃねぇからな。それでも普通に飛ぶ分にはそこまで危険じゃねぇ」

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