鍛冶屋を訪れた二人に連れられ、俺は町の見物に繰り出した。休息が必要とはいえ寝てばかりでは体も鈍る。ナナカは仕事があるから行かないとだけ言って、寝ている間に届いたという俺の生活費から一部を手渡してくれた。素っ気ない態度だったが、小屋を出るときに小声で「気をつけて」と言ってくれた辺り、やっぱりいい嫁さんになれるなあと思った。
小屋を出ると、浜辺に乗り上げていた我が零観がなくなっていた。波にさらわれたのだとしたらもう見つかることはないだろうが、あの領主がもう持って行ったのだと思う事にした。魔法だの化け物だのが実在しているのだからそのくらいできるだろう。
「ジュン、あんたも空を飛ぶ機械で来たのかい?」
砂浜を歩き始めたとき、ヅギと名乗った修道士が尋ねてきた。やはりこいつも飛行機の存在を知っている。以前にこちらへ来た奴は相当有名なのだろうか。
「あんたも、ってことは前に来た奴も飛行機乗りか」
「ああ、町の大通りに降りてきて大騒ぎになってた。ドイツって国の奴だったな、確か」
案の定、ドイツ人がこの世界に来ていたようだ。それも同じ飛行機乗り。ドイツには陸軍や海軍の航空隊はないというから、空軍のパイロットということになる。同盟国とはいえ場所が離れすぎているし、俺は今までドイツ人と関わる機会などなかった。だが別の世界へ飛んでしまうという同じ目にあった身であり、似た立場の人間ということになる。
「その人は今どうしているんだ?」
「リリムと婚約したとさ」
「りりむ?」
「魔物のお姫様です」
シュリーさんが穏やかに答えた。魔物にも王様だの王女様だのがいるということか。一体どんな奴なのだろう。リライアはどことなく高貴な佇まいであり、領主の名に相応しい貫禄を持っていた。おまけにあの領主といいナナカといいシュリーさんといい、この世界の魔物の女というのは美人揃いなのではないか。そうだとすれば王女ともなると、中国の伝説に出てくる傾国の美女のような、かなりの別嬪さんということになる。
「そんな凄い女をKAにするたぁ、相当なやり手だな」
「いや、女の扱いは下手そうだったな。むしろ姫さんの方が頑張っていろいろアプローチしてたよ」
それはまたどんな色男なのだろうか。同じ飛行機乗りということだし、一度会ってみたい気がする。
それにしても化け物と人間が婚約できるということに驚いた。この二人の態度からして大して珍しいことではないのだろう。領主もナナカも俺を人間だからと差別するようなことはなかったし、捕って食おうともしなかったが、そこまで人間と親密とは思わなかった。
いずれ国へ帰る方法を探すにしろ、こちらで知らなければならないことは山ほどありそうだ。
しばらく海岸を歩いていると、やがて多数の帆船が停泊する港が見えてきた。竜骨のある西洋式の船の他、中国風のジャンク船も少数ながら見受けられる。視力に自信のある俺には甲板で忙しく動き回る水夫の姿が見えた。そして俺の目がおかしくなければ、その水夫の何人かは腕が鳥の翼になっていたり、足がタコのそれだったりした。
「ここらは町の西地区でな。海の魔物が多いんだ」
ヅギが言った通り、港に近づいていくにつれ、居るわ居るわ、西洋の伝承に出てくるような人魚がわんさかいる。青や緑、赤など鮮やかな色の鱗と髪をした、何とも美しい生き物だ。水の中に住むのだから当然といえばそうだが、服らしい服を着ていない奴が多い。胸を貝殻や布切れで隠しているのみで、玉の肌を恥ずかしげもなく晒している。本当にここは竜宮城なのかもしれない。
彼女たちは船から降りてきた水夫と談笑する者もいれば、水面から顔を出して小舟を誘導している者もいた。赤っぽい鱗をした人魚はことさら人懐っこいようで、すれ違いざまに男の頬にキスをしたり、じゃれついたいたりとせわしない。船員の男たちもまんざらではなさそうで、中にはすでに夫婦となっているような雰囲気の奴もいた。
マストの上に立つ鳥人の女が空中に舞い上がり、青い翼をはためかせながら頭上を通り過ぎていく。俺は航空力学なんてものは忘れ、その優雅な姿を見送った。
「あれは何て魔物だ?」
「セイレーンだ。海に住むハーピーの仲間で、歌で男を誘惑する」
「じゃああいつは?」
今度は軍船のマストによじ登っている、タコ足の女を指差して尋ねた。やはり服らしい服は着ていないが、軍帽らしきものを被っている。吸盤の生えた足を器用に使い、帆柱の上へ上へと登って行く。
「ありゃスキュラの水兵だよ。目をつけられるとしつこいから気をつけな」
「ふうん。美味そうな脚だな。あそこに浮いているのは?」
「あれはシー・スライム」
手短に答えながら、ヅギはスタスタと港町の中へ入っていく。魚だの樽だのを山積みにした荷車が船と私設の
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