熱気に包まれながら、赤熱した鉄にハンマーを振り下ろす。火花が飛び散り、甲高い音が響く。
私にとって作業場の熱さは幼い頃から経験してきたものだ。額に汗が浮かんでも、バンダナのお陰で目には入らない。右腕を振り上げ、鉄の声に従って打つ。ハンマーの音に耳を澄ませば、どう打てばいいかも、どう伸ばせば良いかも、全て鉄の方から教えてくれる。それに私たちの目は金属の状態の変化を見逃さない。
そのための、無駄に大きな、一つしか無い眼なのだ。
やがて鉄が思い通りの形となり、手を止める。その瞬間、我が家の粗末な屋根を叩く雨音に気づいた。いつの間にやらかなり降ってきていたようだ。海に近いこの家では波の音もよく聞こえる。雨漏りしている箇所は下に桶を置いてあるが、この分だと他の場所からも漏るかもしれない。
また修理しないと……そう思いつつ、私はまだ真っ赤に焼けている刃を見つめた。刃と言っても剣ではなく、農作業に使う鍬だ。まだこれだけでは形だけなので、柄を着けても畑を耕せばすぐにボロボロになってしまうだろう。これから焼き入れなどの処理を施し、ねばりのある刃にしてやらなくてはならない。だが私は大体、出来上がりの様子が想像できた。
「まあまあ、か……」
ふと、私は息を吐いた。母は数多くの名剣を鍛え、魔界に勇名を馳せる戦士たちや、さらにはリリムにまで愛顧を受けている。だが母自身が業物と認める剣は四本しかない。
私の作る鍬や鎌、銛、包丁などはこの町の人たちみんなに賞賛されている。だが私自身の評価は気に入らないか、まあまあの出来か、どちらかだ。会心の出来はまだ一度もない。
どうすれば満足のいく品を作れるのか、それはどんな刃なのか。それすら分からない。でもひたすら打つしかないのだ。それが私の生き方だと思うから。
水を飲もうと桶を覗き、単眼に角の生えた自分の顔が水面に映った。同時に無駄に大きな、胸の膨らみも。
「……邪魔だなぁ」
塊を揉みながら、ふと思う。ちゃんと目が二つある女の子なら、この膨らみもよく似合うだろう。例えばたまに海から顔を出すマーメイドやメロウとか。あの子たちはみんな奇麗だし、その体と笑顔で男の人たちを喜ばせる事ができる。単眼な上に、毎日作業場に籠って鎚を振るうばかりの私がこんなものを持っていても仕方ない。寝床のハンモックは顔見知りの家具屋が「いつか男を見つけたときのために」と二人用の大きな物を勧めてきたので、とりあえずそれを買っておいた。しかし誰かと二人で寝ることなどないだろう。
私はただこうして、自分の理想の一品を目指していればそれが幸せだ。農場の人たちがよく野菜やお肉をくれるし、船乗りの人たちも魚をくれるから食べ物に困ってはいない。それだけで十分すぎるほど、この町は私にとって居心地がいいのだ。
喉を潤し、再び仕事に向かう。今度は水で濡らしたハンマーで鉄を細かく叩く。こうすると表面が滑らかに仕上がるのだ。
この町で何か新しいことを始めたいとは思わない。ただこのまま何も起きなければいい。
そう思った直後。
雨音に混じって、戸を叩く音がした。
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