「この絵を買った奴も、他の贋作を買った連中も、透視魔術を使える魔法使いに鑑定させれば贋作と気づいたでしょう」
俺は領主たちの前で語った。思ったよりも淀みなく言葉が出てきた。まるで画商として絵を売っていた時代のように、弁舌巧みな自分に戻っていくのを感じた。
「私はルトラージェンと同時代の無名の画家の絵を購入し、絵の具を剥ぎ取り、そのキャンパスに新たな絵を描いたのです」
以前と違うのは嘘がないことだ。洗いざらい全部話し、その上で騙してきた連中の節穴ぶりを嘲笑ってやる。それで俺の復讐は終わる。後は罪を償うのみ。
「真作と同じ時代のキャンパスを使う事で、鑑定家の目を誤摩化したと?」
「そうです。しかし透視を行えば、除去しきれなかった元の絵の一部が見えるはずです」
それにも関わらず、俺の贋作を買った権力者はそれをしなかった。魔法使いなど容易く雇えるような金持ちばかりだったが、そこまでして絵の真贋を確かめようとせず、盲目的に真作だと信じた。
巨匠ルトラージェンは英雄の堕落に失望し、長い空白期間の後、絵の題材を『英雄の活躍』から『庶民の生活』に変えて復活した。しかしその空白期間にも英雄の肖像を描いていたのではないか、という学説があった。俺はそれを利用したのである。
幻の名画がまだあるのではないかという仮説は、『あって欲しい』という願望に変わる。
やがてそれが『あるはずだ』という思い込みに変わる。
そこに付け入るのは簡単なことだ。欲しがる物を与えてやれば、誰もそれを本物と信じたくなる。マフリチェカが言ったように、絵のタッチがルトラージェンの真作とは多少違っていても、だ。後は時代による経年劣化などを再現してやればいい。
「表面には自作した保護薬を塗りました。アルコールで拭かれても大丈夫なように」
時間を経た古い絵の具は簡単には落ちないが、まだ描かれたばかりの絵はアルコールで拭けば溶け落ちてしまう。しかし錬金術師の家に生まれた俺にとって、絵の具表面を保護するニスを作るのは容易いことだった。絵の具自体も自作し、ルトラージェンの時代のものを再現した。
「最も苦労したのは、経年劣化によるひび割れの再現でした」
時を経た絵画は絵の具の表面に細かい亀裂が走る。それも錬金術で作った薬品や、キャンパス自体を窯に入れたりして何度も実験を重ねた。絵を傷めないように、それでいて経年で自然にできる不規則な亀裂を再現するのは大変な作業だった。
そして専門家の目を誤摩化してお墨付きをもらえれば、後は画家のことなどろくに知らない馬鹿に売るだけだ。
「私は罪を償う気はあります。しかしそれは巨匠の名を騙ったこと、他人の描いた絵を贋作作りのため剥ぎ取ったことに対してです。騙した相手に対する償いは一切する気はありません」
「確かに、そなたが贋作を売ったという者達は……」
書記のアヌビスからリストを受け取り、領主はため息を吐いた。俺が告白した『被害者』を列記したものだ。
「いずれも腐敗した為政者や軍人、地主などの類だ。この件を公開すれば、世界中の庶民はそなたを英雄と讃えるであろうな」
「そんなことは望んじゃいない。私は金をむしり取っただけです」
悪党を騙した詐欺師を義賊と呼ぶ者もいるだろう。だが俺は貧しき者に施しをしたわけでもないし、苦しむ者を救おうとしたわけでもない。精々酒場やカジノなどで盛大に金を使った程度だ。そんな中で出会った一人のバーテンダーのみが、俺の正体を見抜いた。テオは美術の知識などほとんどない癖に、下手な評論家よりよっぽど真贋を見抜く目に長けている。絵の目利きはできなくても、俺が嘘つきであることを見抜いたのだ。
「貴女は私の請願があったとはいえ、リャナンシーに絵を見せて鑑定させました。仮に反魔物領でもしっかりと手段を尽くして鑑定を行えば贋作だと見破れたはずです。金のかかる絵を持って自慢したがるような、美術のことなど分かっていない連中はその努力をしなかった」
「つまり騙される方が悪いと?」
「突き詰めてしまえばそういうことになります。美術界では特に」
金と権力に物を言わせて美術品を買い漁る連中は、真実などより面子が大事なのだ。もし俺の贋作を買った『被害者』たちに、それは偽物だから焼き捨てよと神が命じたとする。恐らく誰も応じないだろう。自分の目が節穴だったことを必死で隠そうとするに違いない。
「贋作は永遠になくなりません。それを欲する人間がいる限り。真贋や絵の美醜より、それを買える権力を誇示したい奴らがいる限り」
偽りのない、俺の本心だった。俺がいてもいなくても、どこかで誰かが贋作を作る。そしてそれを喜んで買う奴らがいる。
「しかし、私は二度と他人の名を騙って絵を描くようなことはしないと誓います」
「…
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