目が覚めたとき、俺はベッドに寝かされていた。教会の天井……俺が借りている部屋だ。ベッドは温かく気持ちいいが、何かが物足りない。俺を包んでくれる、優しく柔らかな何かが。
「……!」
はっと我に返り、体を起こした。時計を見るともう夕方だ。記憶を辿るまでもなく、あの双子のワイトのことが頭に浮かぶ。彼女たちはどこにいるのか、考える前に体が動いた。毛布をはねのけ、床に脚をつける。一瞬体に力が入らなかったが、何とか立ち上がった。体に異常はなく、ただ二人に吸い取られた余韻がまだ残っている。
俺はふらふらと、寝室のドアまで歩き……手をかけようとした瞬間、ドアが外側から開かれた。
「ああ、起きたか」
一瞬あの二人かと期待したが、そこにいたのはこの教会の修道士さんだった。かなりの美男子だが、暗い赤の瞳が怖い印象を与える。
「ヅギさん、あの二人は……ミーヌリアとスーヌリアは……」
「落ち着け。今シュリーが服を選んでやってるよ。素っ裸同然だったから」
気だるそうに答え、ヅギさんは苦笑を浮かべる。
「オーギュから話を聞いて迎えに行ってみたら……双子のワイトとはなまた、レアな魔物に好かれたもんだ。しかも昔話のお姫様とはね……」
「昔話……?」
俺の理解が追いつく前に、ヅギさんは古びた本を差し出してきた。シュリーさんが子供達に読み聞かせている童話集だ。表紙の絵はカモメが群れている景色だが、ヅギさんが開いたページの挿絵を見て、俺は思わず目を見開いた。
そこに描かれていたのは双子の女の子。ミーヌリアとスーヌリアとは体つきも髪の長さも違うが、間違いなく彼女達二人を描いたものだ。絵の中の双子は美しいドレスを身にまとい、二人並んでじっと目を閉ざしている。そして互いの手をしっかりと握り、縄で結んでいたのだ。
ヅギさんの手から本を受け取り、そこに記された物語を読んでいく。
――むらしむかし、ひがしのマドゥラ王国にふたごの王女さまがうまれました。おねえさんがミー、いもうとがスーといいました。二人はとてもかわいらしく、かしこくそだちました。しかしマドゥラ王国では、『ふたごがうまれると よくないことがおきる』といういいつたえがあり、王さまはしんぱいになりました。
ふたりが大きくなったある日、マドゥラ王国であらしがおきて、おおぜいの人がしにました。国のしんかんは神のこえをきき、それを王さまにつたえました。
『ふたごの王女がわざわいをよんでいるのです。いもうとのスー王女をころさなくては、もっと大きなわざわいがやってきます。これは神のおことばです』
王さまはとてもなやみましたが、マドゥラ王国では神のことばにさからってはいけないことになっていました。やがて王さまはスー王女をつかまえるよう、けらいにめいれいしました。
しかし、このはなしをかくれて聞いていたミー王女が、じぶんとスー王女の手をじょうぶななわでむすび、だれもスー王女をつれていくことができないようにしました。おうさまのめいれいをうけた兵士たちはそれをみて、ミー王女のやさしさにかんどうし、二人のためにふねをよういしました。
ふたりの王女はふねにのり、うみをわたりました。そしてたどりついたじゆうならくえんで、なかよくへいわにくらしました――
彼女たちが目を覚ましたときの言葉が、ふと脳裏に蘇ってきた。
――私たち、自由になったのよ!――
「……マドゥラ王国というのは、どこにある国ですか?」
「とっくの昔に滅んだよ。魔王の代替わり前に」
ヅギさんはさらりと言った。そんなことは大して重要じゃない、とでも言いたげだった。
「短い話だけど、反魔物領でも親魔物領でも読まれてる昔話だ。教団側だと船が難破して二人が死ぬ結末になっててさ、教団側の方が史実には近かったことになるな」
「……じゃあ、『船の吹きだまり』の難破船の中に、二人の乗っていた船が……?」
「多分な。難破したときから記憶が途切れたって言ってたし、そのとき頭でも打って死んだんだろ。で、船の残骸と一緒に吹きだまりの中に埋もれて、何かの魔力でも入ったのか死体が腐りもせず残って、魔物化していたと」
この町は何が起きるか分からないからな、とヅギさんは呟いた。
改めて本を見る。この昔話の中から彼女たちがやってきたと思うと、胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。実の父親に殺されそうになり、逃げ延びた先で命を落とした双子のお姫様。手首を縄で繋いで、二人一緒に暮らせる場所を求めていただけなのに、何故死ななくてはならなかったのか。
いや、世界はそんなものだ。理不尽なことばかり起きるのは今も昔も同じだし、俺自身もそんな目に遭ってきた。だから、せめて……
「ヅギさん、あの……!」
「二人はこの教会で面倒を見る」
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