中身は悪魔。返品不可。

 人生、思い通りにはならないものだ。
 信じて就職した会社が社長の親族が好き勝手やって他の社員が生け贄になっているブラック企業だったなんて。

 だが昨日、俺は一つのことを学んだ。思い通りにならないのは何も俺だけじゃないということを。要するに社員の就業表改竄やサービス残業強要、イジメ、資金横領その他諸々がお上にバレたのだ。誰かは分からないが同僚の内部告発だったらしい。俺もいろいろと聴取を受け、洗いざらい全部話した。会社は多分瓦解するだろうし、俺も再び就職先を探さなくてはいけないが、それを差し引いても気分がいい。ざまあ見ろ。
 そういうわけで、次の仕事場が見つかるまではアパートで休息だ。

「えーと、こいつは燃えないゴミ、っと」

 部屋中に散らかったペットボトルや空き缶などをゴミ袋に放り込み、整理整頓を行う。今まで徹夜仕事だの、電車が始発終電だの、人間の生活サイクルを完全に無視した生活をしていた。溜まりに溜まったゴミを処分して新生活に備えよう。新生活、いい響きだ。

 缶詰の空き缶を分別しながら、今までの酷い食生活を改めて思い起こした。卵とベーコン、卵とランチョンミート、または卵とベーコンとランチョンミート、卵とベーコンとソーセージとランチョンミート。
 その頃はまだマシだった。やがてランチョンミートとベーコンとソーセージとランチョンミートになり、次はランチョンミートと卵とランチョンミートとランチョンミートとベーコンとランチョンミートになった。さらに酷くなるとランチョンミートとランチョンミートとランチョンミートと卵とランチョンミートというもはやメニューとは言えない何かになってきた。

 貯金はあるし、部屋を片付け終わったら今日はまともな物を食べよう。そう心に決めて缶詰の残骸を処分しているうちに、ふと手が止まった。中身のない軽い缶に慣れた手が、ずしっと重みのある缶を掴んだ。

「……何だこれ」

 艶のある黒で塗られた、掌サイズの円柱型の缶詰があった。ランチョンミートのものではない。ラベルにはファンシーな文字で『三周年記念』と書かれているだけで、カロリーや内容量、そもそも何が入っているかも記されていない。いや、隅っこに小さく『開封後はお早めに召し上がられてください』と書いてあるから食い物なのだろう。召し上がられて、というのは敬語の用法としておかしいと思うが。

「こんな物買ったか?」

 身に覚えのない怪しい代物だった。捨てた方がいいだろうが、まあ中身くらいは確認してみよう。食べるかどうかは別として、未開封で捨てたら後々気になりそうだし。
 片付けを一時中断して、机の上に缶を置いた。タブに指をかけ、一気に開ける。カパッと小気味よい音がした……その瞬間。

「うおっ!?」

 缶からぼわっと立ち上った、紫色の煙。食欲など当然削がれる不気味な煙に、思わず尻餅をついてしまう。この缶詰は手製の煙幕弾だったのかと思うほど濃密に、部屋中に広がっていく。

「か、換気! 換気!」

 大慌てで滑りの悪い窓を開けた。煙が外へ流れていくが、近所迷惑は後で考えよう。だがその途端、煙は徐々に薄くなっていった。視界がよくなり、空気が澄んでくる。完全にクリアになったとき、机の上には、



「じゃじゃーん! 三周年きねーん!」


 幼女が、立っていた。

「えへへっ、開封ありがとぉ」
「あ、うぁ……」

 缶を蹴飛ばして俺に歩み寄って来る幼女に、俺は顔を引きつらせるしかなかった。缶詰の中身が幼女だったからではない。
 まだ第二次性徴に達したかどうかという幼い女の子が、露出度では下着と変わらないほどの際どい服装をしている。その露出している肌はとても滑らかで、柔らかそうで、そして青い。青い火を連想させるような色合いだ。目は本来白いはずの部分が漆黒に染まり、瞳は血と同じ色だった。
 そして何よりも、腰から生えている蝙蝠に似た翼。蛇のようにくねる艶やかな尻尾。コスプレの作り物では到底出せないリアリティがそこにあった。その翼のはためき、尻尾のくねり、俺に微笑みかける赤い瞳は間違いなく、血が通った生き物だ。

「よう……じょ……!」
「ようじょ? 幼女? 妖女? 本物のデビルを見るのは初めて?」

 悪魔はニヤニヤ笑いながら、へたり込んでいる俺に覆い被さってくる。赤い瞳が間近に……頭がおかしくなりそうだ。

「美味しく食べてあげるね。せっかくの三周年記念だもん!」

 意味不明な言葉の後、自分をデビルと呼んだ幼女は小さな唇をすぼめた。ふーっと、吐息を顔にかけられる。何か甘い、果物のような香りがした。

「ふぅ〜♪ ふぅ〜♪」

 楽しそうな顔で、何度も甘い吐息を吹きかけられた。俺の顔の周りにその香りが漂い、気がつけば夢中で吸い込んでいた。胸一杯に吸い込むと、沢山の
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