中編

「さあ、まずは聞き込みよ!」
「何でこんなことになってんだよ……」

 町中を颯爽と歩く私。頭を抱えながらついてくる千助。通りには天秤棒を担いだ棒手振りが見受けられるが、もう日が傾きつつあるだけに担いでいる品物は少ない。午前中には菜っ葉や魚のような生もの、午後は玩具や雑貨を売る者が主だが、運が悪いのか要領が悪いのか、売れ残った魚を担ぐ者もいた。当然ながら新鮮でなくては価値が下がるので、やむを得ず値下げして売り切ってしまおうと掠れた声を張り上げている。
 習字道具を持った子供たちの姿もある。寺子屋からの帰り道だろう。安い月謝で通えるため黒垣藩の識字率は高く、同盟都市のエスクーレやルージュより上なのだ。

「この平和を守るため、一緒に頑張りましょうね!」
「俺を良き相棒みたいに扱うんじゃねぇ! ってか聞き込みって言っても当てはあるのかよ!?」

 千助はなかなか私に打ち解けようとしない。これだけ歩み寄ろうとしているというのに。何か悪いことをしただろうか。
 まあいい、この件を通じて藩の平和に貢献させれば、こいつもスリなどという悪行から脱却できることだろう。

「もちろんあるわ。酩酊道場よ」
「ああ、あの酒臭ぇ道場か。異国生まれのアカオニがいる……」

 酩酊道場というのは無論俗称だが、少し前にできた剣術道場だ。道場主は『人斬り周吾』と呼ばれた過激な攘夷論者だったが、今は千助の言った異国生まれのアカオニたちと共に暮らしている。無論アカオニは日の国固有の妖怪であり、その道場にいるのは異国の人間が妖怪化したものだ。

「その異国生まれのアカオニはね、元々教団の差し金だったのよ」
「……へぇ」

 千助の声が少し低くなった。どうもこいつは『異国』という言葉に反応する。私の慧眼はこいつがただのスリ師ではないことを見抜いているが、過去に何があったのかは分からない。確かなのはこいつはこいつなりの『正義感』を持っているということだ。クソ浪人から財布を盗んで、それを自分の懐には入れず泣いている子供にやるという行為……正しいとは言えないが、正義感がなくてはできないことだ。
 こいつにこのまま、スリなどというセコい悪行を重ねさせたくはない。こいつならもっと良い人間になれるはずなのだ。

 とにかく、教団の下で働いていた連中なら軍艦焼き討ちについても何か知っているかもしれない。それに教団の息のかかった連中なら、裏切り者である彼女たちの動向を探ろうとするのではと思うのだ。とっくに連山院家が調べているかもしれないが、訪ねてみる価値はあるだろう。

「では酩酊道場へレッツラゴー!」
「何だよ『れっつらごー』ってぇのは?」
「異国から伝わった言葉。最近流行ってるわよ?」
「てっ。舶来ってだけで何でも有り難がるんじゃねぇよ」

 ……そんなやり取りを繰り返しながら、我々は道場へ向かった。最初は町中に建てられたのだが、「酒臭さと酔っ払いの歌声が絶えない」との苦情が相次いだため、三日後には町外れへ転居させられた。何せ師範代が全員アカオニで四六時中酒を飲んでいるという。正直言って私もあまり行きたくない。

 自分で提案しておいて何だが、何と言うか、嫌な予感がする……















………













……

























「さあさあ深山院さん、どんどん飲んでくださいな〜っと!」

 結論、やっぱり来るべきではなかった。盃の中身を飲み干すたび、半裸のアカオニがそこへ溢れそうなくらい酒を注いでくる。さらしで胸を隠した気風の良さそうな、金髪碧眼の美女だ。ただし酒臭い。
 もう道場の中は一面酒臭さに満ちている。もう揮発した酒が雲になって酒の雨を降らせそうな勢いだ。一応辺りから竹刀の音は聞こえてくるが、朦朧とした頭では何が何だか分からない。

「いやはや、さすがカラステング。実にお強い」

 道場主の笹川周吾は大盃で呷るように飲んでいる。最初に「神通力を使う天狗ともなれば、お酒はお強いでしょうか?」と聞かれて「当然至極!」と見栄を張ったのがまずかった。手渡された盃は底が丸くなっており、飲み干すまで置くことができない。そして飲み干した瞬間、わんこ蕎麦式に次が注がれる。盃を手放す暇もない早業だった。
 辛うじてまだ意識は保っているが、正直吐きたい。

「……で、最近この辺で怪しいことは起きてませんかね?」

 限界に達しつつある私を尻目に千助は淡々と質問を続けている。こいつは注がれた酒をちびちびと飲んでいるものの、酔いはほとんど回っていなかった。見栄でがぶ飲みした自分が情けない。

「ええ、どうもこの道場周りをうろちょろと監視している連中がいるようで。門弟たちにも道場と家を一人で行き来するなと言っていましてな」
「おう
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